知?智??? | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

「イチゴパンツで本能寺!?」


下の子の日本史の参考書をのぞくとそんなことが書いてあって、もう、テキトーな語呂合わせができず、苦し紛れに何でもいーから作ってしまえ!というのがミエミエで、とてもさびしい思いをしているキョーこの頃であります。


そのうち、「時◎警察」か何かで、イチゴパンツをはいて、信長に滅ぼされた御先祖様の土岐氏の復讐も兼ねた本能寺の変が、旧暦1582(イチゴパンツ)年6月21日といった紹介もつけて放送になるかもしれません。


季節的に日は長いですし、日没後だって、満月から月齢1週なので、夜はそんなに暗くないはずで・・・


さ、そろそろ本題です。


まず、明智氏の郷です。

岐阜県明智町(平成の大合併で恵那市の一部になりました)です。

ところが、JR中央本線・恵那駅から明智町中心部まで延びている鉄道は

「国鉄・明知線→第3セクター・明知鉄道と申します」。


さらに、愛知県みよし市の一部になった字(あざな)にも「明知」がありました。

ただ、こちらの「読み」は「ミョウチ」でありました。


他にもう一か所

淡路島南端の「南あわじ市」。

昔「志知地方・・・今は南あわじ市のメンバーになった、西淡町と三原町にかけての区域」に多数の出城を作り、淡路島の南半分を手にした志智氏」(このほかにも「志知さん」もいらっしゃるとか?)という豪族がいました。


明知ー明智のように、地名ならば「志知」-人名ならば「志智」と「日がつく智で・・・」


探せば他にも例があるに違いありません。(*)

また人名になるとどうして「知→智」になるかも解決がついていません。


それは「人」には受動的に情報を受け止めて「知る」ばかりではなく、「知」+「曰く・いわく」でどれくらい話すことができるか?


といった評価の文字であったとされます。

ただ字面にしてしまうと、「曰く」ということに全く気がつきませんね!!!!




漢字は難しいですね。

これからも、暇見ては(*)を少し意識して探して行きたいと思います。