九十九島 | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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  せん。

本来、難読地名なはずですが、あまりにもトリッキーな読み方のため、それほど難しいと思わなくなった地名の一つかと思います。


ー「つくも島」は知る人ぞ知る、九州・佐世保沖、やや北側約20-25kmに点在する群島を指します。

古来あまりの数の多さに、「九十九」の字があてられましたが、実際は「208個」あるんですって。


なんで「九十九=つくも」なんだ?という、ソボクな疑問は誰しも浮かんでくるでありましょう。


たぶん・・・多分ですよ・・・昔から、物を大事にしすぎて、百年を越すと、神様が宿るといわれておりました。

その名も「付喪神=つくもがみ」と申します。


日本の民間信仰における観念で、長い年月を経て古くなったり、長く生きたり、使われた道具、生物や自然界の生物・現象に、神や霊魂などが宿ったものの総称であります。


御機嫌斜めであれば、九尾の狐などに代表される荒ぶる神として、人間界に禍をもたらし、和を保つ神であれば、地上に幸福をもたらすといわれています。


反対じゃないの!!と言われそうですが、「付喪」自体のほうが当て字で、「九十九」を「つくも」と読む方が正しいそうで、この九十九は「長い時間(九十九年)や経験」「多種多様な万物(九十九種類)」などを象徴し、


また九十九髪と表記される場合もありますが、「髪」は「白髪」に通じ、同様に「髪の色が変わってしまうほどの長い時間経過や経験」を意味します。


したがって、「九十九神」とは「多種多様な万物が長い時間や経験を経て神に至る物(者)」のような「現象」とでもいったほうがいいのかもしりません。


ここで、改めて、原題に戻りますが、「九十九島」のような細かい群島はさすがに近くにありませんから、案外古代人の信仰の対象ではなかったのかなー、という気もいたします・・・