というわけで、尿たんぱくのせいで明日から入院が決定してしまった私はふわふわした気持ちで帰宅することになった。
なんだか現実感がない。
ひとりで退院することはない、とも言われていた。この入院で、なにがあっても腹の中の子は出てくるのである。
まったく現実感がない。
残りの2週間でやりたかったこともあった。
美容室に行く
映画館に行く
焼き肉を食べる
エトセトラエトセトラ
これらは叶わない。
また両親学級のさいにビデオでみた、夜中に陣痛がきてタクシーで病院にむかうというシチュエーションも経験できない。
私は陣痛間隔がとにかく10分になるまで耐え、場合によっては毅然とひとりで病院に行こうと心の中で決意していたが、その覚悟も無駄になった。
明日から入院し、管理され、出産を迎えるのである。
しかし不本意な入院ではあったが、余裕をもって準備ができることはありがたかった。
冷蔵庫のなかの生鮮食品は調理、冷凍処理を施し、家のなかをできる限り掃除した。
入院バックの最後の詰めも何度も確認しながらできた。
思い残す家事はなくなった。
今回の出産において、旦那に家を任せること、特に愛猫の世話を頼むことがとにかく心配であった。
心配な気持ちが減るわけではないが、できうることをやりきれたのはせめてもの救いだった。
なにも知らない愛猫はいつも通り、のんびりと昼寝をしている。
なにも知らない赤子は腹の中でぐるぐると動き回っている。
すべて理解している私と旦那は、この穏やかな状況でとる夕食や、なんてことはない時間をちょっとセンチメンタルな気分で過ごすのだった。
