ウソを飲み込むエビ | カラッポのマネキン

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ウソと本当のミックスジュース。おいしくどうぞ。

 私が小学校に通ってるころから、そうだった。黒くて四角い板チョコみたいなカバンを持って「いってきます」後ろも振り向かず、玄関も開かず、一人ごとにしては大きな声でお父さんは声にだしてから家を出る。はあいとお母さんの声が聞こえることがあったり、何も聞こえなかったり、私も一緒に家を出たりしたけど、お父さんは静かに前をみて歩くだけ。一年に一回くらい「学校どうだ」とか言うからビックリする。それくらい。
 今日は学校が午前中で終わりで、昼ごはん食べたら二つ駅を移動して大きなグラウンドに移動して練習する日だった。
 私はグラウンド横の広い公園の芝生でお弁当を食べようと思い、一人で先にでた。3月にしては暖かい日で、ふくらむサクラの蕾を探しながら。目的の公園の入り口で足が止まった。芝生に先客がいた。私と色違いの大きなハンカチを膝に広げてお弁当を食べてるお父さんだった。お父さんはこの駅から電車で30分以上離れた場所にある会社で働いてる。話しかけようかと思ったけど、絶対ダメだとなんとなく思い、その場を離れた。
 グラウンドの隅でお弁当を食べて、いそいで公園をのぞきにいった。まだお父さんは居た。新聞を取り出し、ぼんやり広げていた。読んでいないように見てた。
 部活を終えて帰宅したらお父さんはもう帰っていた。
 今日のことを聞きたいと思ったけど、絶対ダメだとなんとなく思い、箸を口にくわえた。
 一ヵ月後。また大きなグラウンドで練習することになり、私は公園へ行った。こんど居たら話しかけようと心に決めて。
 お父さんは居た。お弁当も食べずに、芝生に横になっていた。何かわかった。お父さんは会社に行ってない。ずっと毎日ここにいるんだと。
 家に帰って夕飯を食べてベットでごろごろした。お母さんに言おう。そう決めてリビングに行った。お父さんはもう寝てて居なかった。お母さんはテレビでホラー映画をみながらスーツにアイロンをかけていた。お父さんのワイシャツ。私は立ったまま言った。

「お父さんさ、会社行ってないよ」
 お母さんは、ああやだ、びっくりした。突然後ろで声出さないでよ!と言ってふりむき
「知ってるわよ、そんなこと」
 と言った。でも黙ってて。ね?お願い、と背を向けて、またワイシャツにアイロンを押し当てた。

 次の日の朝。お父さんはまた玄関の扉に向かって「いってきます」と言い、外に出た。私も追った。何も言わずに横を歩いた。するとお父さんが口を開いた。
「学校はどうだ」
 呆れた。でもいつもと同じ「ふつう」しか言えなかった。なんでそれしか言えないの?と思ったけど、その返ししか出来ないもの、また私だ。
 それから一ヵ月後。またグラウンドで練習する日になった。
 私はまっすぐ公園に入ってお父さんの横に座った。お父さんは心底驚いた顔で私を見た。もう梅雨が近くて、前の晩ふった雨で、芝生はしっとり濡れていた。私は何も言わずお弁当を開き、もぐもぐ食べた。お父さんは食べてる私を横からずっとみてた。何も言わず。全部たべて立ち上がり、公園を出た。何か言おうと思いながら歩いたけど、何も出てこなかった。色々あるけど、出てこなかった。
 その日の夜ご飯。
 お父さんは食べながら言った。会社をやめたんだ、と。
「そうですか」
 お母さんは振り向きもせず、てんぷらを揚げていた。私は揚げたてのてんぷらのエビをツマミ食いしながら一緒に言った。
「そうですか」
 私たちはこんな距離。ずっとずっと、こんな距離。