はじめてついた嘘は小さなものだった。
「あれ。アンズカフェ行ったんだ。またケーキ食べてる」
机のうえに放置したレシートをみて旦那が言った。
「ミホと行ったの。食べたいってうるさくて」
小さな嘘。なんでこの時、私嘘いったのかなと思うほど、まだ彼のことを好きではなかった。でも嫉妬深い旦那に、会社の後輩と二人でケーキを食べたといったら誤解するかも知れない。そんな思いで言った。
次の嘘はすぐ後に。
「来週の土曜日、仕事になっちゃった」
そうか仕方ないね。旦那は振り返らずに言ったけど、嘘。彼が仕事で関係ある展覧会があるから一緒に行かないか?と誘ってくれた。仕事に関係あることだし、でも旦那にいうと説明が面倒くさい。私が大好きで子供も産まずに続けたいと思ってる仕事にも興味もないし。その帰り道、彼が手をつないできた。既婚者ですよ~と笑いながら言ったら「知ってます」と抱きしめられた。髪の毛の香り。男の人の分厚さ。旦那とはずっとセックスレスで抱き合うこともしてなかった。背中をはう大きな手に後輩という事を忘れて身を任せた。
「おかえり」
そう笑う旦那に私はお土産のプリンを顔の位置まで持ち上げてほほえんだ。疲れちゃった、食べよ?
プリンを食べながら、私は嘘をたくさんついた。
データの納品が遅くてね。素材が悪くてイヤになった。時間だけがかかるよ。一歩も外に出れなかった。昼間は暖かかったの?
一歩も外に出てないのは旦那だろう。インドアな人だから、私がいないとどこにも行かない。「どうかな。ずっと寝てたから。ご飯は?」うん、作る。旦那のそばを離れられることに安堵して台所にたった。うん、ばれてない。
つく嘘がこれからも増えると確信した私は、手帳についた嘘をメモしはじめた。今日は仕事。素材遅れた。プリン買ってきた。
はじめてのお泊りは仕事で徹夜になった日。よく仕事で会社に泊まる私にとって、家に帰らないのはおかしなことじゃない。ひさしぶりに感じる男の人の手は、気持ちよくて。旦那が絶対に言わない愛の言葉に震えた。
そしてまた手帳に書いた。仕事で泊まり。素材待ちで編集室でピザ。おいしくなかった。
嘘をつくたび手帳に書いた。今日は取材で旅行。熱海で撮影。仕事で泊まり。編集進まず。仕事で出かける。箱根で写真撮影。
そのたびに彼とSEXして、私って仕事もできて男の人にもモテて旦那もいる。幸せで人生満喫してる。そんな矢先、大きな仕事を外された。部長に言われた言葉は
「最近出来が悪い。どうしたの?」
どうしたも何も。仕事じゃなくてSEXしてたのだ。進むわけがない。
来月の仕事がカラになった。私を肯定する一番大事な場所が崩れた。
私は手帳をみていた。
ずっと仕事をしてる手帳の私。
本当にこれくらい仕事してたら、こんな気持ちにならなかったのかな。その代わりに何を得たかな