大人はみんな「嘘をついちゃいけない」て言う。
でもそれって本当かな。嘘にはきっと理由がある。
私が小学校から高校まで居た家は団地で、大きな白いこんにゃくみたいな建物が沢山ならんでる場所だった。私はその団地の6号棟301号室に住んでいた。
「一緒にいこ」
毎日誘いにきてくれる友達のみぃは目の前の部屋302号室に住んでた。同じ小学校で同じクラスで同じ団地。一人っ子どうしの私たちはすぐに仲良くなった。お姉ちゃんが欲しかったねとか、妹がほしいねとか、お母さんのお料理が失敗したとか、好きな男の子の話とか。毎日何時間はなしても足りなかった。
でもたびたび、隣の部屋からみぃちゃんのお母さんの鳴き声が聞こえた。聞きたかったけど聞けなくて、ずっと気になってたある日。ママに言われた。みぃちゃんのお母さん、家から出たから。これから何かあったらウチも助けてあげようね。
お母さんが出て行く。
そんなの考えたこともなかった。じゃあ朝は誰が起こしてくれるの? ご飯は? 髪の毛は誰が三つ編みにしてくれるの? みぃちゃんのお父さんなんて、一回くらいしかみたことない。白い木みたいなヒョロヒョロした人。あの人とみぃちゃんだけになるの?
「一緒にいこ」
そう聞かされた次の日もみぃちゃんは変わらなくて、私は困った。でもみぃちゃんが何も言わないから、言うのをやめた。
そこらへんから、みぃちゃんはイジメられた。
「お母さんに捨てられた!」
「不倫でしょ、不倫」
「ゴミみたいに、ぽーい!」
それが本当なのか嘘なのかわからない。私はみぃちゃんと一緒にいようと決めた。だってお母さんが出て行ったなんて悲しすぎる。それで私もいなかったら悲しすぎる。イジメられてる子と一緒にいるとイジメられる。もうそれは、バケツの下にいたから水が流れてきたのと同じように。みぃちゃんは何度も言った。
「離れて。一緒にいるとイジメられちゃうよ。みぃは大丈夫」
本当は泣きたいくらい苦しかったけど、絶対離れなかった。こんなの間違ってる。
ある日、団地の外でみぃちゃんのお父さんに会った。
「みぃはイジメられてないか?」
私は嘘をついた。
「イジメられてない」
そうか、ありがとう。小さく言ってみぃちゃんのお父さんは階段の闇に消えた。
それから数日後、みぃちゃんが言った。
「引っ越すことになったの。おばあちゃんの家に」
悲しくておいおい泣いた。何も残らなかった。私は何もできなかった。
ありがとうと言ってみぃちゃんは去った。
大人はみんな「嘘をついちゃいけない」て言う。
でもそれって本当かな。嘘にはきっと理由がある。
あの嘘は正しかったのか、間違ってたのか判らないけど、本当のことを言うのはイヤだった。ただそれだけ。