つづき。。
三途の川を渡ると、心なしか灯篭の数も減った気になります。
宗教観の違いか、海外の方たちはパシャパシャと写真を撮っていましたが私達日本人はやはり憚れる。お墓ですからね。。

歩を進めるうちに、闇も深くなり最後の橋。
御陵橋。
ここからは、大師様の領域に。勿論、写真などはご法度です。
「心を静かに、お進みください」
言われたからなのか、闇のせいか。。
「⁉︎。。」
空気が一変したのを感じたのは、私だけではありません。
友人達と思わず顔を見合わせました。
普段は上がる事の出来ない灯篭堂。
天井から釣り下がる無数の灯篭の灯りと蝋燭の灯りで、日中とは全く別の空間。
周りの暗闇も手伝ってか、幻想的に浮かび上がる。
ネットより拝借。
生きたまま、即身仏となられ今もなお御陵内にて瞑想を続けていらっしゃる。
「有りがたや、高野の山の岩蔭に大師はいまだ在(おわ)しますなる」藤原道長(約1027年)
御陵にて手を合わせての復路は、何故かしら心が穏やかで。大人3人、説明のつかない清々しさにニヤニヤと笑うしか無い(笑)
織田信長も明智光秀も武田信玄も浅野内匠頭も徳川家も皇族も皆さん此処にお墓を置きたい気持ちが分かる。
私は、宗教人では無いけれど弘法大師は生きているように思える。そんな、空間でした。
恵光院さんに戻り、お風呂に入ってさぁて乾杯笑。高野山は、お酒を頂いてもOKです。
美酒に浸り話も弾みで結局1時まで。
一夜明けて、早朝の護摩焚きを見せて頂くために護摩堂へ。睡眠不足かと思いや、朝から引き続き清々しく、待ち時間にラジオ体操なんぞしてみたりして。
護摩焚き、、
不謹慎な事を言うと。。
お坊さんのあまりの美しさに見惚れました。役者さんかと思う程。炎に照らされて一層美しき。
お世話になった二間つづきのお部屋。
名古屋に帰って来て色んな人から感想を聞かれて思うに、皆さん興味が有るようで。まあ、1200年ですしね。年内に行けるかな。。と思案される方も。
また、このような方もいらっしゃいました。
何を以って在るとするか、何を以って無しとするか。
難しいですね。
ただ、わたしは
どうせ生きるならあの空間に「在る」と思える人生の方が豊かに思えるので、在るとしよう。
「1+1=2」では無しに。


