なかなか足を運ぶこともないゴージャスなホテル
なので、いろいろ見てみたかった。
見なくてもいいといえばいいのだけれど、
せっかく彼と会える最後の日に特殊な場所にいるので、一緒に見ておきたかった。
さらに高層階に行くと、自然の木材をふんだんに使ったギャラリーのようなスペースがあった。
中に入ることはできなかったが、ガラス張りの面から、斬新なデザインの内装や照明が見えた。
スパがあるフロア、重厚で背が高いドアがあるイベントスペース、それに各フロアのエレベーターホールから見える景色がそれぞれに印象的で、しばしホテル内をいろいろ見て歩いた。
歩きながら、お互いの近況をあれこれ話した。
彼は海外赴任先に行くにあたっての準備状況や向こうでの見込み、送別会やホームパーティーの様子などを話していた。
彼に会うのがもう最後だと分かってはいるのに
彼があまりにもさらっと自然なことのように話すので、数日後も1週間後も1カ月後も当たり前に身近にいる存在であるかのように錯覚した。
私は今までの約10年間、『身体だけの関係なんだから、彼のことを知ろうとしない、自分のことも話さない』を徹底してきた。それは、お互いの中身を知って本当に好きになってしまうのを避けるためでもあり、面倒なトラブルになるのを避けるためでもあった。いずれにしても、私は彼と“ちゃんとした”人間関係を築く事を自ら意図的に避けてきたのだ。なんとなく、ちゃんと知ってしまうと面倒なことになりそうな予感がしていたからだ。
それなのにここ最近、かなり彼の事を知るようになってしまった。私が聞きたかったわけでも、聞き出そうとしたわけでもない。
いつからそうなったのかというと、海外赴任をきっかけに別れを告げられて“別れた”2ヶ月後に彼が私の職場近くに現れた時からだ。その時から彼は急に、自分のことや家族のこと、職場でのことなどを事細かに話すようになった。
その時、彼の変わりように私は内心驚いたのでよく覚えている。(彼にとっても身体だけの関係で、素性がよくわからない女性にそんなに個人情報を明かしちゃって、リスク管理の面で大丈夫なの?と心配になったものだ)
ホテルの探索をしながら、主に彼が話すようになり
私は主に聞き役になった。
ホテルの中の雰囲気のいいレストランに入ることにした。
高層階にあって窓が特別大きなガラス張りで、椅子やソファーの背は低く抑えられ、巨大な生花がいけられていて、目の錯覚もあるのか、まるで天空に浮いているように感じられた。
非日常感がすごかった。
創作系フレンチレストランのようで、メニューに載っているどの料理も美味しそうだった。
色々な選択肢があって、2人とも全部捨てがたいねと言って迷ったが、オーダーするタイミングで最終決定することにした。
すると、彼と私が選んだものは、前菜、メイン、デザートの全てが同じだった。
「ふふっ、僕らやっぱり気が合いますね」
「ですね、不思議なくらい」
料理がくるまでの間も、彼は家庭のことを話していた。けっこうプライベートな内容だ。
私は踏み込みすぎず、あくまでも第三者的なスタンスで彼の話を聞いていた。否定も肯定もなにもしないスタンスだ。
料理が運ばれてくると、その彩りの美しさに驚いた。
「えっ すごい綺麗!前菜からもうアート作品みたいですね!」
テンションが上がった。
ひとくち食べてみると、味も食感も予想以上で
一気に幸せな気分になった。
美味しいものを食べること、それも彼と一緒に、というだけでシンプルに満たされた。
「美味しいね。あぁなんだかすごく幸せだなぁ。」
私が思っていたことと同じことを、
彼の方が先に言葉にした。
「同じこと思ってました」
「こういうことのために生きてますよね」
「…そうですね」
彼は言語化が上手だし、前にも似たような言い回しを聞いたことがある。
彼にとってはこういう言葉にそんなに大きな意味はないのかもしれない。美味しいものを食べた時によく言うだけかもしれない。
それでも、彼からそういう言葉を聞くと
なんだか嬉しくなった。
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