幼稚園で、もうすぐ卒園という頃、
散々、歌わされた。

とっもだっち ひゃっくにっん

でっきるかなっ
ひゃ~くに~んになった~ら
100人になったら、どうなるんでしたっけ?
歌詞を思い出せない。
幼稚園時代は友達はいなかったから、「100人?」て幼稚園児ながらに
「非現実的な歌詞だなあ」って思ってた。
実際に一年生になったら、何人かは友達ができた。
良かった。
片手で足りてしまうくらいの数だったけど。
トモダチが100人いたら、すごいよね?
大人の私たちは人脈とも呼ぶが。
コネとも言うけどさ。
ああ、百人くらいいる人、けっこう多いんだろうな。
年賀状の数を競ってるなんて人は、
「今年は400百通だよ。」なんて自慢し合ってたもんね。
人脈、欲しいなあ。
っていうのも、ある個人事業主の人たちに力説されたから。
「テレビや新聞、ニュースだって出回ってる情報は全部コントロールされてるんだ。
情報操作だよ。
だから、信じちゃいけないんだよ。
真実はそこには無いから。」
いわゆるソーシャルネットワークビジネス、
「口コミ」で顧客開拓して良質な商品を売っている人たち。
グループ長は数千万円を稼いでいるんだって。
そんな風には見えなかったけど、すごいんだね。
人脈、多いんだね。
私には難しいなあ。
セールストークできるような相手はそんなにいないし。
「でもさ、新聞やテレビのニュース以外にどこから情報を得れば良いのさ? 例え情報操作されてようが、そこしか情報源ないし。」
と、同僚は言った。
「いや、井戸端会議だよ。やっぱり確かな情報源は。」と私は結論づけた。
うう、おもしろい会話だ。(そうでもないか?)
ま、こんな事を話題にしてた頃からかれこれ軽く、15年くらい経った。
今は良いよね。
ブログとか、ホームページとか、
インターネット上には生の情報が溢れてる。
コントロールされていない情報も多い。
プロの記者や編集者を介さずに、
その気になれば、すごい速度でどんなことでもあっという間に広まってしまう。
しかもノー・フィルターで。
だから何気ない悪ふざけが懲罰騒ぎになったり、プライバシーが危険にさらされたり、慎重にならなければいけない面も増えたけど。
でもさ、友達が1000人とか居てさ、
その人たちといつでも必要な時に必要な話ができたとしたら、
すごいよね。
生の情報を、
いろいろ聞けて。
虚言や盛った話ではないってことは見極めるとして。
夢だなあ。
ちょっと困った時に、あたりをつけて友達何人かにEメールすると、
すぐに有益な情報が手に入るとかって。
人口2000人のド田舎に住んでた時はそうだった。
ほぼ街中が全員知り合いで、
噂はすぐに知れ渡る。
知らない人なんて、街には居ない。
すんごく離れた隣町の人の事だって多少は知ってる。
困ってるって一人にぼやけば、明日はあの人が、あさってはこの人が助けに来てくれた。
(たまにね。)
でも、ここは大都会「東京」人口何人だったっけ?
行き交う人が邪魔になって歩けないほど、人がたくさん居る。
毎日、沢山の知らない人と無言ですれ違い。
電車やカフェで隣り合わせてもまったく関係ない。
それくらい大勢の人が居る。
目に入る数えきれない程の人たち、全員知らない。
そして、知らない人の事は知らないままだ。
とは言え、知っている人の事は他の知っている人も知っている。
(共通の知人は多かったりする。)
「え、その人なら私も知ってるよ。」
「この前こんなこと言ってたよ。」
なんて事もわりと起きるんだよね。
この広い東京で!
類は友を呼ぶってやつで、
井の中の蛙とか同じ穴の狢なんだね。
自分の関わっている世間は狭い。
でも、インターネット上では、
普段の生活では絶対に会えなそうな人のことも知る事ができる。
興味さえ抱いたなら、生の情報を得るのは思いのまま。
この地球上では、いろいろな事が起きている。
私のまったく知らないところで。
どの世界でも
みな、すごい成果を出して、
にぎやかだね。