まず、この話をする前に少しふれておきますが・・・
タイドラマは、毎回同じパターンに近いお話で、内容が薄っぺらいです。
正直者の子が超超超お金持ちの人のお城に住んでいるような人と結ばれるというのが典型でしょうか。
ま、私はそんなタイドラマがかなーり好きなんですけど

だって日本じゃありえない話だからねー。貧富の差の激しいタイならでは

でも、そんなタイドラマ。
どうして、内容がそんなに薄いのか。
社会性とか、日本のように世情が反映するなんてこと、ありえません。
そこには
タイの近代文学の誕生とその背景
が問題となっているのです。ちょっとここからは長くて難しい話。
でもよかったら、ついてきてね。
ちなみに、これは「タイ語の授業」という大学のクラスの受け売りです

重要なところは、色を変えてあります。
1836年 印刷技術が米人の宣教師によってもたらされました。
ラーマ3世(1824~1851)の時代です。
このあたりで、チャクリ改革がありました。
(多分。ちなみにチャクリは、年号でラマ1世~現代まで)
1968~1910 ラーマ5世(チュラロンコン王)
教育の普及・学校の創設
国費留学生グループの西欧への留学
新聞や雑誌発行の急速な発展
帰国した留学生たちにより、翻訳小説の流行
それまでは教育は王族にだけでしたが、ここで庶民にも開かれました。
ちなみに海外で彼らが学んできたものは、外国語・医学・薬学・軍事学などの実学でした。
○この時期のタイ文学の特徴
・文学の大衆化(新聞をより売るため、娯楽的な庶民受けする文学が広まる)
・韻文文学の交代→散文による小説の発展。(以前は詩のようだった文学が、今の形式に)
・「ナンスー・アーン・レン」(慰みに読む小説)――娯楽小説
・「ナワニーヤーイ」(近現代小説)――――――近現代小説 の発生
→西欧文学の翻案小説登場!!
1932 立憲君主革命 ラーマ7世(1925~1934)
→西洋留学組の新エリート層の進出(背景)・絶対王政に疑問を抱き、王政廃止へ。
社会問題をテーマにした小説の登場:今までは娯楽小説。
貧困・不平等への疑問・立身出世物が多い
シーブラパー・ドークマイソットらの作家の登場
→近現代小説「ナワニヤーイ」の実質的な発生
※ナワニ:新しい ヤーイ:小説
第二次世界大戦前後 ピブン内閣「ラッタニヨム(国家新条)」による国粋主義(背景)
→愛国精神を鍛えようとするもの。この時、国名もSiamからThaiへ。
言論統制、厳しい検閲による表現の自由の規制
→作家たちの創作意欲の減退(暗黒時代スタート)
→この時、単なる娯楽小説だけが許可された。
第二次世界大戦終戦 言論統制、束の間の解消
→娯楽雑誌の相次ぐ創刊
→これらの雑誌が小説の執筆の舞台となった!!!
1947 クーデター勃発 ピブンによる軍部独裁政治の復活
言論の自由の弾圧 「タイ文学の暗黒時代」
→三文大衆小説「ナムナオ」(意味:「腐った水」=腐敗小説)の隆盛
※この時代が長く続きます。
そして、このころの小説がドラマ化。
なので、タイドラマには社会性が何もなく、恋愛だけ。
社会性がないのではなく、いれられなかったのです。
一応、ここまででタイドラマの秘密はわかるのですが、
せっかくですから、このままタイ文学の歴史を追ってみましょう


1958 サリット元師 思想弾圧の開始
1973(10・14) 学生運動による軍事政権打倒
→言論の自由の復活
→「ルン・マイ」(新世代)、若い作家たちの登場
※しかし、わずか3年で閉ざされてしまう。
このころの作家が目指したのは、リアリズム(写実主義)。
国の搾取にあえぐ労働者をモデルにした。古典文学を敵視する人も~。
※このクーデターは流血事件になり、大変有名です。
タイのクーデターというと、これを思い出す方が一番多いのではないかと?
1976 軍のクーデター
→民主内閣の終焉
→再び言論統制、暗黒の時代へ
1981 プレーム内閣「過去の罪はとわない」という新政府の呼びかけにより、
反体制の文学者、知識人が戻る。
以後、双方の歩み寄りが見られ、言論統制は緩んでいく!
→スチャート・サワッシーによる文芸誌の登場
→新人発掘、新人作家活躍の場となる
1980's リアリズム(写実主義)の時代
1995~ 人間の内面を描くものが現れた。
★なお、タイは女流作家がとても多いです

★まとめてみると、タイで思想弾圧されていない時代は
1900年ぐらい~第二次世界大戦始まるまで
1973~1976年 3年間!
1981~現代 約30年
このようにタイ文学は政治の思想弾圧、言論統制を強く受けているため、今まで発展をすることが難しかったのです。それゆえ、社会的に弾圧を受けない小説をタイ人は作ってきました。それがタイドラマにつながっています。
タイだから、内容はあれなんだねー

という認識。
タイの国民性もあると思いますが、こんな厳しい時代を乗り越えてきたから・・・というのもあります。
・・・・と、こんな政治的・文学的背景を勉強して私はタイ語の「マイペンライ」は、こんな辛い時代も明るく生きぬくタイ人の知恵だったのかもしれないなー。。。なんて思いました。
ふぅ。
ちなみに今日の授業では、「クーカーム」(映画Version)を観ました。
来週、続きを観る予定
楽しみだな