●たった1曲だけの、カセットテープの話。第3話
3時を少し過ぎたころ。
バッチリ衣装に着替え、なにやら、ジャラジャラと騒がしいアクセサリーと言うか、その衣装用の「装備品のような何か」を色々とぶら下げた彰布がやってきた。
金髪、美男子のヘアーメタル全盛期。
とは言え、髪を染めたり脱色は校則違反なので、ラメをちりばめたヘアークリームで髪をセットし、ニキビだらけのジャガイモフェイスに、取ってつけたの如きメイクを施している。
彰布は、出番を控えた緊張からか、いつもより上ずった口調で早口になっている。
「出番、次やからな。頼むで。」
「おお、任せとけ。頑張ってな!」
そもそも、なにを頼まれたのかさっぱりだが、なんとなく、任せとけ、なのだ。
それが、16、17あたりの阿吽と言うもの。
「そやそや、出番、掃けたら外の水飲み場に来てな」
「わかった、わかった、行くわ。後でな。早よ行けや」
バンドのメンバーが少し離れた所にたむろしていて、どうやら我々の会話が終わるのを待っている様子だったので、彰布を残して、足早に講堂に向かう。
手書きで「有志ライブ会場!」と書かれた案内に従い進み講堂の入り口に近づくと、扉越しに、こもった音で激しい音楽が聴こえてきた。
彰布の前の出順のバンドが演奏中だ。
この、扉の向こう側から聞こえる籠った音は、ライブ会場らしい独特の雰囲気で、ウキウキした気分にしてくれる。
扉に手を掛けようとしたところで、声を掛けられた。
「演奏中の入室はできません。演奏が終わったら入れます」
声の主は、パイプ椅子に腰掛けた「委員」の黄色い腕章を巻いた詰襟の生徒。
きちっと姿勢良く座った膝の上に文庫本を持った手をそっと置いている。
その口調には抑揚がなく、まるでA4の紙に書かれていそうな表現で制してきた。
「あ、はい。待ちます」
変なやっちゃなあ、後で彰布に報告しよ・・・
指示に従い、大人しく扉前に突っ立ち、演奏が終わるのを待つ。
一定の防音施工がなされているとは言え、扉の向こうの音は、結構なボリュームで扉や窓の隙間から外に吹き出してくる。
どうやらKILL THE KINGを独自解釈して、リッチーのギター他、各パートを大幅にサマリーした何物かがそこで披露されている様子だ。
ロニー・ジェームス・ディオのボーカルも、音域が上方向で大幅にサマリーされている。
おおよその素人バンドが陥る現象。
不思議な腕章くんの正体をぼんやり考えながら、扉の向こうのKILL THE KINGの音に気を取られていたところ、突然、後ろから肩を「ぽん」と叩かれた。
鳩が食らうところの豆鉄砲でもないが、思いの外に不意打ちだったので、不覚にも思わず声がでる。
「ひゃー」
まさにそのまんま。
ひゃー、と声がでた。
振り向くと、私の「ひゃー」がツボに入ったらしい彰布の彼女が腹を抱えて笑っている。
釣られて私も笑い出したが、腕章くんは、表情一つ変えていない。
彼女の斜め後ろでは、控えめに口に手をあてて女の子が笑っている。
「きょんちゃんかいな。驚いたがなあ!」
彰布の彼女は「きょん」と渾名されている。
彼女の名前からは「きょん」に行きあたらなく、なぜ「きょん」なのかは分からない。
きょんは、ハッとするような美人で、面倒見の良い子。ちょっと抜けたところのある彰布には丁度良い彼女かも知れない。
たまに、彰布と私のバンドの練習にも顔を出してくれている。
「彰布のバンドは次やな」
わかっている話だが、他にかける言葉もなかった。
「そう。で、きたんだよ。中、入れないの?」
「なんか、このバンドが終わるまでダメなんだって」
腕章くんをチラリと見ると、手元の文庫本に没頭している。
「ふーん」
私に釣られて腕章くんに視線を向け、眉を上げながら視線を戻したきょんちゃんが続ける。
「あっ、そうそう、この子、たか子。たかちゃん、ね。よろしくね」
彼女が斜め後ろを指して言う。
「きょん」は、美人さんタイプだが「たかちゃん」は、とても可愛い女の子だ。
ワタシ的には、ドストライク。
たかちゃんは、笑顔のまま、ぺこり、と頭を下げた。
「うん、よろしくー」
努めてドストライクが表情に出さないようにした積りなんだが、側からどう見えたかは、怪しい。
ともかく、ここは何か足跡を残さなきゃ、と、たかちゃんに何か話掛けるべく口を開きかけた時、後ろで扉が開き、演奏終わりの拍手とガヤガヤ音が飛び出してきた。
「うん。入ろっか。前の方空いてるかなあ」
言い終わるが早いか、きょんがたかちゃんの手を引いて、さっさと入っていく。
誘われた訳でもないのだが、なんとなく彼女たちの後ろについて講堂に入った。
中は、出ていく人、入る人、離れた場所と会話する人、運営の人の声が混ざり、ざわついている。
ともかく、前の方の席を確保しようと、通路を前に進む。
「ここ、ここ、3つは空いているよ」
少し後ろにいた私にきょんが声をかけてくれた。
3つ、か。
ほっ、ついて行って良かったんかな?
ステージから3列目か4列目の席に並んで座った。
奥から、たかちゃん、きょん、私。
ざわつく中、3人で、居心地が悪くない程度の会話。
きょんとは以前から何度も会っているので、妙な間合や、気まずさはない。
「この前、枚方いったんよ」
そう言えば、きょんの姿が見えてたな。
「ああ、チラッと見かけたけど、声掛けられんかった。ごめんねー。ありがとね」
「彰布さ、売上、売上! 友達連れてきて、とか言ってさ」
きょんは、たかちゃんに視線を移して続ける。
「で、たかちゃん連れて行ってん」
私は身を乗り出してたかちゃんに話しかけた。
「ホント?来てくれてたんやね。ありがとう!下手な演奏でごめんなー」
たかちゃんは、ニコニコしながら、答えてくれた。
「ううん。全然良かったよ。あんまし曲には詳しくないけど、カッコ良かった」
「うそー。ウレシイ!カッコ良かったって、オレ?でしょ?」
冗談っぽく言ったつもりだった。
「うん」
たかちゃんは小さく頷いた。
「え?」
オレ、カッコイイだろ?なんて、冗談として受け流してくれる想定だったのだが。
私がリアクションに困っていると、きょんが助け船を出してくれた。
「あんさー。あの日さあ、彰布さあ、、、、」
後はとりとめない会話が続いたのだが、会話の内容は覚えていない。
一目惚れした筈のたかちゃんとの会話も覚えていないのだが、正直言えば、それは、たかちゃんの事が気になって、上の空な時間だったから、だ。