ピアノ教室での3曲目、"As time goes by" が完了しました。昔から弾きたかった、映画 『カサブランカ』 の主題歌として知られる曲です。

 

 

主人公のリック(ハンフリー・ボガード)が経営する酒場を偶然訪れた元恋人のイルザ(イングリッド・バーグマン)は、パリでの思い出の曲 "As time goes by" をリクエストします。しかし、パリ陥落前に理由も告げず自分の前から去っていった彼女との思い出につながるこの曲を、リックはそれ以来ずっと封印していた … そんな二人の関係を象徴するシーンです。

 

イルザにせがまれてサムが歌った "As time goes by" の歌詞は次のようなものです。


You must remember this
A kiss is still a kiss
A sigh is just a sigh
The fundamental things apply as time goes by

And when two lovers woo
They still say I love you
On that you can rely
No matter what the future brings
As time goes by

Moonlight and love songs never out of date
Hearts full of passion,  jealousy  and hate
Woman needs man and man must have his mate
That no one can deny

It’s still the same old story
A fight for love and glory
In case of do or die
The world will always welcome lovers
As time goes by

 

(作詞・作曲: ハーマン・ハプフェルド(Herman Hupfeld) 1931年)

 

 
 
 

 

のなかで、この曲について、"「時のすぎゆくままに」 という誤訳" という表題がつけられています。解説を書かれた村尾睦男さんの文章には次のようにあります。

 

「時のすぎゆくままに」 という邦題は、音楽関係者によって歌詞の意味を無視してつけられたか判らなくてつけられたのどちらかだろうが、多分判らなくてつけられたのではないだろうか?

いずれにしろ、やけに尤もらしいのでよけいに始末が悪い。多くの人が、この歌の意味を誤解するか、判らないか、どちらかの弊害を被るのである。まあこれも、恰好だけであまり意味を問わないわれわれ日本人にありがちな音楽受容の態度、性質を露わにしている、と言えるかもしれない。(同書 p.39-40)

 

手厳しい指摘ですが、歌詞の中での "as time goes by" を見れば村尾さんの言わんとすることがよく分かります。少なくとも 「時のすぎゆくままに」 では意味が通らないことは明らかです。(下記訳は村尾さんのもの)

 

・The fundamental things apply as time goes by

 どんなに時が経ってもこういった当たり前の事ごとは変わらないのさ

・No matter what the future brings / As time goes by

 だから時が移ろい未来がなにをもたらそうと

・The world will always welcome lovers / As time goes by

 そう、時間がいくら流れようと、世界はいつだって恋人たちを歓迎してくれるのさ

 

接続詞の "as" には、時間、理由、様態などの用法がありますが、"as time goes by" の場合は 「(時が経つ)につれて」 という意味の "比例" と捉えるのが一番自然です。また、やや古い用法で、"Tired as I was, I couldn't sleep.(疲れていたけれど、眠れなかった)" のように、"形容詞など+as+S+V" という形で "譲歩(~だけれども)" の意味を表すことがあります。上記の村尾さんの訳にはその用法が投影されているような気がします。

 

沢田研二さんの歌った 『時の過ぎゆくままに』 という曲があります。このタイトルを英訳するなら、その歌詞からは 「~に身を任せる」 のニュアンスが感じられるので "At the mercy of flux of time" のような表現が思い浮かびます。そういう意味でも "As time goes by" を 「時のすぎゆくままに」 と訳すのは誤訳と言わざる得ないのかもしれません。