トルコの経済についてはかなりバブルの様相を呈してきているようだ。

具体的にはなにがそれを感じさせるのかはショッピングセンターの乱立と住宅の乱立だそうだ。
「そうだ」と書いたのは住んでいる人の実感がそうだからで旅行者の僕にはそこまで違和感のある光景ではなかった。

イスタンブールは都市としては超巨大で人口も世界有数の都市圏となる。
人口はまだまだ若く勢いもある。
そこにマネーがもうけを求めて流れ込めばこのぐらいにはなるのではないか?
とも思う。

住んでいる人が具体例として挙げていたのはショッピングセンターが2つあって、両方ともたいして混んでいなかったのにさらにもう一つショッピングセンターができたり、これまではカード等を持たずに身の丈に合った生活をしていた人たちが割賦を利用して身の丈を越えた消費を楽しんだりしているのが少し目に余るほどだとのことだ。

しかし、これはどこの国でも見られる現象にすぎない気もする。
中国で鬼城と呼ばれる巨大な廃墟が量産されていることがしばしば問題視されるが、それからみれば恐ろしく健全な印象ではあった。

個人的にはカッパドキア近郊の都市であるカイセリに巨大なマンション群がたち始めているのを見た時にはウランバートルと同じようなバブル感を感じる場面はあった。

だだっ広い平原に高さのあるマンション群が建設中であるのだが、なにか需要が見込めるのだろうか?鉱山などが近隣にあるのだろうか?あるいは世界が誇る観光地であるカッパドキアの観光ビジネスのあぶく銭目当ての人達用なのだろうか?

一方、インフラはまだまだ拡張する必要があるのはしみじみ感じた。

なにより、ボスフォラス海峡を渡る橋は2本しかなく(三本目を建築中)これがボトルネックとなって毎日毎日全く非効率な渋滞を発生させている。

これ以外の鉄道やら地下鉄やら路面電車はそれなりに活用されている他、世界で2番目に古い地下鉄もイスタンブールにあるのだが、まだまだ改善の余地はありそうだ。

カッパドキアの内陸部。エフェソスの沿海部などではバスとレンタカー以外の交通手段はない。空港からの鉄道などがあると便利なのだが・・・。

つづく
到着2日目はイスタンブールの旧市街でアヤソフィア等、人類の至宝の見学に行く事にした。

ブルーモスクはあまりの混雑にパス。

地下宮殿とアヤソフィアを見学後、ガラタ橋沿いのサバサンドを食べて、エジプシャンバザールを見るルートにすることにした。

イスタンブールは紀元前660年に創建され、330年にコンスタンティノープルとなってから、16世紀に渡り帝国の首都として君臨したもしかしたら世界で最も偉大な都市であるために、その旧市街は歴史の生き証人となっている。

また、キリスト教世界とイスラム教世界が常にぶつかる場所でもあり、同時に西洋と東洋の境目でもある。

もう、創建約2660年。
約2660年前。
紀元前660年ということは日本では神武天皇が即位されたまさに神話の時代だ。
ちなみに古代オリンピックの30回目の大会が行われた年らしい。

タクシーをホテルに呼んでもらい、ホテルを出て旧市街に向かう。
アタトゥルク空港からは30分以内ぐらいで朝はすいている。

イスタンブールに限らず、トルコのタクシーはメーターで動いており、また、完全に距離料金制で時間は加算要因とならないので、大変ユーザーフレンドリーだ。

運転手は遠回りしてでも(客の了解の上)早く着くことが多く稼ぐポイントとなる。
このため、厚かましい運転度は半端ない。
日本ではかなりの厚かましい運転者のぼくでさえ、これはさすがに・・・という運転であるいみ気持ちいい。

値段は日本の2分の1から3分の1だ。
このため、かなり使いやすい。

城壁の横を通り、旧市街に着く。
城壁一つとってもはローマ時代につくられたものや、オスマン帝国となってからのものがあり、また。

城壁に限らず、様々なものが新旧の様々な融合により、世界でも類を見ない都市となっているのがおもしろい。

ちなみに。

子供を連れて歴史遺産を回ることは極めて向かないことを再確認した。
特にシンプルな教会を堪能したり、自然を堪能したり、アトラクションをしたりは子供連れでも可能なのだが、じっくりと噛みしめるように様々なものを見学するには心がそもそも落ち着かず、駆け足感がぬぐえないのだ。

つづく。
今回は昼の便を利用したので東京を10時ごろ出て、イスタンブールへは18時ごろに到着する。

バシネット席を確保できたとは言え、1歳と4歳の子供の活動時間に12時間のフライトをするのは結構地獄だ。

現在はやはりというか、当り前と言うかウクライナ上空を避けて航行する。
このため、ロシアから黒海の上を通過してイスタンブールを目指す感じとなる。
このためかどうかは不明だが黒海上空航行時は気流が悪く気持ち悪くなるほど揺れる。
フライトは正直苦痛だが、いつかは必ず着く。

イスタンブールに到着する。
驚かされるのは入国審査までの膨大な人の列だ。
色々な空港へ行ったが、多分、No,1の混み方だった。

窓口も多く、動き自体は早いのだが、それでもとぐろを巻いて数百メートルの列に並ぶ。
多くの人がイスラム系であることがわかる。
子供がみんな大好きで子供たちには笑顔を振りまいてもらえる。

入国審査官は子供連れで英語で受け答えの出来る家族に悪い人はいないと思っているのか、どうせ駐在員だと思っているのか、ほとんど何も聞かれず、子供から笑顔を引き出そうとしつつ、同僚とくっちゃべってほぼスルーで通過した。

イスラム国へのテロリストの通過点とも書いたが、イスラム国に参加するルートはヨルダン、レバノン、イラン、サウジアラビアそしてトルコルートがある。

主なイスラム国の支配地域はシリア・イラク北部となるため、トルコ経由が安全面でも交通面でも便利であるため、もしかしたらテロリストもあの列に並んでいたのかもしれない。

ちなみに、トルコアメリカ便はテロを警戒して液体は免税店内で買ったものでさえ、酒は3本までに制限されているほどの状況下であった。

入国は時間がかかったもののスムーズに進み、荷物も問題なく吐き出されてきた。
荷物は合計70キロ制限で67キロほど。
そのうち、まるまる一つが友人へのお土産だ。

エアポートホテルに宿泊のため、荷物を受け取り、たまたまあった友人とホテルに行きチェックインをした後、おいしいと評判の手羽先ケバブのお店で夕食を食べ、その日は散会した。

つづく