TEDICを応援、支えてくださる皆さまへ
「語弊があるかもしれないけれど、震災がきて、救われたって思ってるんだよ。」
いつもお話させて頂いている、震災当時の中学3年生の言葉。
実は、この言葉には、続きがあることを、あまり話していなかったと思います。
彼は、この言葉の後に、こう続けました。
「自分はだから幸せ。でも全国には僕と同じように、苦しんでいる子たちがたくさんいる。だから、大学に行って、そんな教育を変えたいんだ。」
彼はいま、高校3年生(の歳)になりました。
最近たまたま、彼の通う学校の先生とお話する機会があり、昨年度1年間、うつで入院していたことを知りましたが、いまは復活し、何とか少しずつ学校に向かっているそうです。
家庭の状況は当時からなかなか変わらず、親御さんは精神的に塞ぎ込み、複雑な状況は続いていて、彼も家でを繰り返すこともあったそう。それでも本人は前を向いて歩いていました。
「学校にくると、哲学的な本をずっと読んだりしてるんですよ。でも、本当に面白い子ですよね。大学、行ってほしいなあ。」
先生はニコニコしながら、彼のことを話してくれました。
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「僕たちには、何が出来るんだろうか?」
そう問い続けた、3年間でした。
震災直後の立ち上げ期、避難所での学習支援に始まり、仮設住宅移行後も一緒に勉強し、3年目を迎えるにあたって、より困難を抱える子どもたちの居場所作りに軸足をずらしつつ、それでもいつも頭を悩ませていたのは、この問いでした。
人生を変えてくれた、背中を押してくれた彼の言葉。そんな彼が、いまもまだもがきながら前に進んでいるという事実。TEDICという団体が、なぜ存在しているのか、その意味を強く問われている毎日です。
専門職でもなければ、社会人経験があるわけでもなく、教育や福祉にあかるいわけでもなければ、人並み外れた才能に恵まれているわけでもない。そんなどこにでもいるような、「普通の」学生に、人間に、何が出来るのか。
・・・・・・と、最近までずっと問いづけてきました。「僕たちに」何が出来るのか。
「子どもたちの居場所作りをしている団体です。」と、メディアの皆さんにもお話します。この営みを説明するのが難しく、便宜上言い回しているフレーズです。
本当は違う。居場所をつくっているのは、僕たちではない。居場所にしているのは子どもたち。そして、僕たちも居場所にしているということ。
きっと、「僕たちに」何が出来るのかの問いには、これから先も答えられないんだと思います。
でも、「僕たちと子どもたちとの間」で何が出来るのか、いや何が起きるのか。この問いには、答えられそうな気がしています。
そして、その答えは、○○という人と、△△という人と、その2人であったり、「その人」だからこそ生まれるものなんだと思います。
人、人、人、だからこそ生まれるもの、これがこれから先もTEDICが大切にしていきたい思いです。
震災によって今まで覆い被さっていた課題が表に出てきたものが、3年という時間と、そして「復興」という言葉によって、再び覆いかぶされていく、そんな感覚を得ています。
僕たち大人は、冒頭の彼の言葉に答えられているのでしょうか。
それは、被災地だろうと、そうでなかろうと、同じ覚悟を突きつけられているということに、気付いているでしょうか。
いまこの瞬間も、あなたの隣で、声をあげられずに、溢れそうな気持ちを抱え込んでいる子どもがいるかもしれません。石巻にも、東北にも、東京にも、全国どこにでもいるかもしれません。
どうか今日1日だけでも、そんな心の声に耳を傾けてもらえたら、そんな1日にしてもらえたら幸いです。
僕たちもまた今日も変わらず、"目の前の○○"に向き合っていきたいと思います。
末筆ながら、これまでの3年間、TEDICを支えてくださった皆さまに改めて感謝申し上げます。本当にありがとうございました。そして、今後とも何卒宜しくお願い致します。
P.S.
この文章をお読み頂いた方の中で、もしご支援頂ける方がいらっしゃいましたら、こちらのURLよりご寄付をお願いできたらと思います。
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2014.5.12 代表 門馬 優