皆さん、こんばんは!




一気に寒くなりましたね!20日の日曜日は汗ばむくらいでしたが、昨日今日とコートが要るくらいの




寒さになりました。日曜日は横浜国際女子マラソンが僕の地元で開催されて、見に行ってきました!




Qちゃんや増田明美さんの姿も見えました!ちょうど折り返し地点が僕の地元なんですよ!






今日は前回の続きで、亡くなった母へ感謝の気持ちをブログに残しておこうと思います。




実は、母が亡くなる前日にお見舞いに行く時に、前日に母に読んで貰おうと思って手紙を書こうか




迷っていました。しかし、そんな手紙を渡したら、自分の死期が近い事を悟られてしまうのでは?と思い




書けませんでした。まさかその次の日に逝ってしまうなんて、前日に会った時に母は解っていたのかも




知れません。 ここからは母への感謝の手紙になります。




*かあちゃん!長い間、本当にお疲れ様でしたね。僕の中ではいつも元気なあなたの姿しかイメージが

  有りません!だからここ半年のあなたの姿を見るのが本当に辛かったです。


 僕が生まれて50年、色々な事を教えてくれたあなたは、今でも記憶にしっかりと残っています。

 あまり小さい頃の事は覚えていませんが、生まれた東京都葛飾区で幼少の頃は、やんちゃで、活発な

 僕を大きな心で包みこんでくれて、自由に育ててもらいました。


 お金も持っていないのに1人でバスに乗ろうとして、派出所のおまわりさんに補導された事、その件で

 おまわりさんと仲良くなって、あの有名な亀有公園前派出所に何回も遊びに行った事なども、僕の

 かすかな記憶の中です。まだ3歳過ぎの僕を自由に遠くからいつも見つめていて、時には厳しく、時には

 優しく、抱きしめてくれたお母さん、そんな僕達も4歳の時に父の転勤で横浜に来ました。


 4歳になると妹も生まれて、兄妹2人を、仕事が忙しかった父に代わり、殆どあなた1人で育てて頂ました。

 そんな中で、僕の記憶では小学校2年生の時に、学校の水泳教室で全く泳げなかった僕を、近くの市民

 プールに連れてって、泳ぎの特訓を行った事です。


 水が怖かった僕に、まずは顔を水に漬ける事からはじめ、なんと1回の特訓でバタ足で泳げるように

 なってしまった事です!あの時のあなたの顔は凄く怖かったし、その反面、泳げるようになった時の

 喜んだ顔も覚えています。 その時からあなたの喜んだ顔を見る事が、僕の人生の目標になりました。


 中学生の時も、僕が人生で初めて試験で「0点」を取った時に、「おまえはバカじゃない!、やれば出来る!」

 と励ましてくれましたね!その時の母の笑顔でまた僕の気持ちがやらなくては駄目だ!の気持ちに

 変わりました。遊び過ぎた中学時代でしたが、最後に頑張って、高校には私立でしたが合格しました。


 合格した高校で、なんと成績がクラスでトップ!と言う事を伝えると、あなたはまたその優しい笑顔で

 「かあちゃんの言った通りだね」と喜んでくれました。

 そんな笑顔をずっと見ていたかった僕は、高校時代は勉強、勉強の毎日で寝る時間も惜しんで勉強

 していました。そんな僕に夜中に夜食をもってきたくれたり、体を気遣ってくれたりしてくれましたね!


 「勉強もいいけど、体を壊しては何にもならないから程ほどに!」と心配そうな顔でした。

 僕はあなたを喜ばせようとして、逆に心配をかけていたんですね、ごめんなさい。

 実際にその頃の僕は、今では想像もつかないほどげっそりと痩せていて、顔も青白かったようです。


 そして、高校から大学に進学した時、合格発表を一番喜んでくれたのもあなたでしたね!僕は迷惑や

 心配をかけて、本当に申し訳ないと思いましたが、その笑顔で救われました。


 

 色々な場面で、あなたの言葉が頭に焼き付いていますが、僕にとって最大の言葉がありました。

 それは、僕が思春期に入り、ガールフレンドを紹介した時に言われた事です。


 あなたは、少し厳しい顔で言いましたね!「彼女を作って、たくさん恋愛をするのは良い事です。しかし

 男として、最後の結末には責任を持ちなさい!」と・・・それって?と思いました。


 そうです!深い関係になった時は責任を取れるように!と言う事ですね!この言葉が僕には重く

 のしかかりました。

 それからは、たくさんの女の子とお付き合いはしましたが、どれも深い関係にはならずに終り、中々

 恋人と言う人は出来ませんでした。広く浅くのような関係で大学時代を過ごして行きました。


 そんな僕もついに恋人が出来ました!いきなり自宅に連れ込んでの同棲生活にもあなたは優しく

 僕達を応援してくれました。今の奥さんですが、奥さんの両親は大反対でしたね!それでもあなたは

 「お前が責任を持って奥さんを幸せにするなら、その誠意を見せて上げなさい!」と


 その後に、奥さんと結婚を果たし、子供も出来て、あなたはおばあちゃんになりました。あなたは僕が

 小さい頃と同じようなやさしい笑顔で孫達に接していました。しかし、孫の事では奥さんとの意見の

 食い違いでたびたびトラブルも有りました!あなたと奥さんの間に挟まれた僕はチョッと大変でしたよ!


 短い間でしたが、奥さんと僕の子供と一緒に暮らした期間はそんなトラブルも有りましたが、楽しい

 思い出です。 しかしあなたはじっと落ち着いている生活では満足がいかずに、また寮の住み込み

 管理人の仕事で家を出て行きました。夫婦で住み込みのマンションの管理人の仕事は、僕達が結婚

 した時に、父が早期退職で始めた仕事で、定年で終えた後に、再び違うマンションに再就職でした。


 僕はなんだか、あなた達を家から追い出しているような感じがしました。あなたは僕達夫婦に気を使って

 若い者同士に家を明け渡してくれたんですね!その事を僕の妹は今でも「お兄ちゃんが追い出したんだ!」

 と言われます。当然あなたはそんな事は言いませんでしたね!

 それよりも、何時までも体の動くうちは働いていたい!と元気一杯でした。そんなあなたの姿は僕を本当に

 安心させてくれました。


 その仕事も何年かで定年を迎えて、ついに隠居生活になりましたね!僕の家には戻らずに、また夫婦2人で

 家を借りて今の家に住みながら、趣味を楽しんでいましたが、それまで元気だった姿しか見ていない僕に

 突然の入院の報告が来ました! あなたが脳幹梗塞で倒れた時です。


 70歳まで病気と言う病気は全く経験が無かったあなたは、情けない!の連発でしたね!そんなあなたを

 近くで見守ってあげられなかった僕は、自分を責めていました。


 そんな僕を見下げるようにあなたは驚異的な回復で、倒れた時は半身不随だったのが、3ヵ月後にはもう

 歩行訓練のリハビリ、4ヶ月目には退院と周りを驚かせてくれました。


 高血圧が原因で起こった病気という事で、血圧には注意しながら、月一の通院生活になりました。

 今思えば、この頃にもっと検査をしていれば、今回の病気も防げたかも知れませんね!


 この病気から2年半後にあなたは逝ってしまう事になりました。脳幹梗塞がほぼ完治して、体の不自由も

 解消された頃に、食欲不振と胃の不快感があったそうですね!

 しかし、その事を僕達には全く言わずに過ごしていましたね?何故でしょうか?また病気で迷惑をかけたく

 無いからでしょうか?その結果、今年の5月に末期癌の診断!担当の先生から半年の余命宣告を聞いた時

 僕は、頭が真っ白で、どうしたらいいかわかりませんでした。信じられない!なにか方法は無いのか?と

 しばらくの間は、そのことばかりを考えていました。



 1ヶ月程の入院生活の後、退院して自宅療養に!抗がん剤での化学療法で何とか手術に持っていけないか?

 と僕は祈っていました。抗がん剤の治療も異例の4クールをこなした9月末に朗報が来ました。

 転移が消えて、手術が可能になったとの報告!しかし年齢的に手術は負担が大きいので慎重に選択する

 必要が有ります!と担当の先生から言われました!

 僕はもちろん手術の選択をお願いしました。 しかし、10月のはじめに家で転倒、背骨の圧迫骨折という

 自体が発生し、急遽入院になりました。結果的にはこれが致命傷になってしまいましたね。



 家での治療生活で、点滴を行いながらの移動は、狭い家では広い病院とは違い、動きにくい物です。

 僕はそれを見て、いつかは足を点滴の管に引っ掛けて転んだりしてしまうのではないかと思い、少し重い

 ですが、背中にリックを背負った状態の点滴にするように言っていました。

 外出する時はその方法で外出していましたから、家の中でも安全を考えたら出来たはずです。


 しかし、あなたは相変わらず、言う事を聞いてくれませんでしたね!思った通り、足を引っ掛けて転倒!

 最悪の骨折に至ってしまったのです。


 僕達にも強制はしない!しかし自分も他人の意見を殆ど聞かないあなたの性格は、僕や妹を困らせました。

 そんな性格のあなたが、療養生活中に「頑張って治すよ!まだまだ死ねないね!自分のお墓も買わないと!」

 そんな言葉に、僕は眼が熱くなるのを感じました!


 「心配かけてごめんね!」の言葉に僕は前にあなたに言われた言葉を思い出しました。

 「子供は幾つになっても子供!心配をしなくなる事は、親にとっては寂しい事なんだよ!」と!確かに

 今僕も人の親で子供の事を心配する立場です。しかし昔のように、手がかからなくなって来た最近は

 少し寂しい感じがします。子供が自立していく姿を頼もしく見る一面、寂しさを感じる事もあるんです。


 その事をあなたは言いたかったのですね!僕にも今はわかります。 そんな事が理解できたので

 僕もあなたに少しは心配をかけながら、これからも過ごして行こうと思った矢先の病気で、逝ってしまう

 なんて、心配をかけすぎたのかも知れません。ごめんなさい。


 これからは、空の上から僕達や父の事を見守って下さいね!かあちゃんの明るさは本当に皆を元気に

 します。それは通夜の夜にも現れましたね!悲しいはずの通夜の夜に集まった親族は見んな異例の

 笑顔であなたを見送る準備をしました。涙を流す人はまれで、逆に昔話で笑い声まで出ていました。


 あなたの笑顔に近い安らかな顔に、集まった親族全員が癒された感じです。あなたと双子のお姉さんが

 話をするとまるであなたが話しているように感じたくらいです。


 これからはあなたが心配していた残された父の事を大切にして、また僕の子供、あなたの孫の事もしっかり

 お世話して行きますね!安心して休んでください。

 そして、たまにはこちらの世界のも顔を見せて下さいね!


 お母さん、本当にありがとう!そして・・・さようなら! しかし僕の心の中にはあなたは永遠に生き続けて

 いますよ!明るく元気な母ちゃん!その忘れられない笑顔で何時までも見守って下さいね!



teddy-eさんのブログ-2011073111340000.jpg


永遠の形の無い存在に変わった母ちゃん!これからも心配かけますが、よろしくお願いします!






長々とありがとうございました。母への手紙はこれで終りです。僕の中では永遠に続きますが、ブログでは




これで最後にします。皆さんからのたくさんの励ましやお悔やみのお言葉、本当に感謝しています。




僕は、今日の報告でもわかるように、それほど沈んだ気持ちにはなっていません。ご安心下さい。




次回からは通常のブログに戻しますね!またよろしくお願い致します。






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