皆さん、こんばんは。
前編に続いて、3・11の様子を綴ります。
地震が発生してから、すでに4時間が経過した午後6時半過ぎに、外勤に出ていた部下達が
ようやく戻り始めました。
9Fの事務所には戻れない事を伝えて、問題ない人は、そのまま帰宅するように伝えました。
しかし、帰ろうにも帰れませんよ!と言われ、そうだ鉄道が全てストップしてるので、帰れない事に
気が付きました。
これが、僕の会社の事務所があるビルですが、外壁は何も変わらずに、損傷は無いように見えます。
しかし、中では、少なからずの損傷が有りました。
現にエレベーターも地震でストップしてから、復旧していません。
駅の様子を僕は見に行きました。
駅はもの凄い人の数で、駅構内には入れないように封鎖されていました。
ここは、横浜駅の中央通路です。この状況では、電車での帰宅は絶望的!
もう一度、会社のビルに戻り、2Fの開放フロアで待機しました。
徐々に部下たちも戻りましたが、夕方の5時過ぎに先に帰宅させて、女子社員たちが
会社に戻ってきました。
やはり駅まで行きましたが、電車も動かずに、バス、タクシーも動かないようで、帰る手段を
絶たれたようです。 このままだとみんな会社に一泊する状態になりそうでした。
ワンセグでテレビ放送を見ながら、近くに帰宅難民を収容する施設があることを知りました。
みなとみらい地区の国際展示場「パシフィコ横浜」です。
ここまでなら、歩いて30分ほどで到着出来そうです。
僕は、心の中で10時まで待って、電車が復旧しない時は、歩いて帰ろうと決めていました。
後3時間ほどで決めなくては!
外勤から帰ってきた若い社員達は、最初から「今日はもう帰れないから、飲みに行こう!」と諦めモード!
僕は、そんな気にはなれないので、最後まで、社員の帰りを待ちました。
全員が帰社したのが、8時過ぎです。帰社した社員に聞くと、車が100m動くのに20分かかりました!
と言う様な渋滞状況です。「でも、下り方面は意外と動いています!」と報告を貰った。
色々な事に気遣って、気が付くとやけにお腹が空いてきました。
そう言えば、もう夕食!何か食べないと、食べれなくなりそうなので、部下に買出しに行ってもらいました。
同じフロアには、他の階の会社の従業員の方たちもいて、皆さん買出しで、おにぎりやカップ麺、
フライドチキンなどを食べていました。
僕が頼んだのはこれ↓
そう、牛丼です。 近くにすき家があるので、牛丼を食べました。
でも、買いに行った部下から、牛丼も予想外に売れて、肉がもう少しで無くなるらしいとの情報!
コンビにも、おにぎり、お弁当、カップ麺などはすでに売り切れで、食料は殆ど無い状態みたいです。
この状態で、会社で一泊は辛いです。僕は帰る決意をしていますが、他の部下や女子社員は
みんな、家が遠くて、歩いて帰宅は困難なようです。
そして、午後の9時近くに、ようやくビルのエレベーターが4機のうち3機が復旧!
9Fの事務所にも簡単に行ける様になりました。 しかし、ビルの損傷が直った訳ではないので、
一時的に荷物をとりに行ったり、本社との連絡の為にPCを立ち上げて、メール確認、送信をしたり
する程度に留めました。(停電はしなかったので、幸いでした)
中には、凄い長距離を歩いて帰る男子社員も多く、中々社中泊はみんな嫌っているようです。
もちろん、僕もですが、僕以上に女子社員は辛いでしょう?
そんな中で、先ほど帰社した部下が言っていた、「下り方面は空いている」の言葉を思い出し、
会社の車で帰宅する事を考えました。
確かに、東京方面に向かう上りは大渋滞です。
僕の家は下り方面! 車なら少し時間がかかっても、帰れる!と思い、女子社員の上司、部長さんに
何台かに分けて、女子社員を車で一緒に連れて帰宅します!と提案しました。
本来なら、社有車での帰宅は、直帰のみで、許されていませんでしたし、業務の女子社員は
車の使用は禁止されています。
僕はサービス業務の統括者で、車の緊急使用を許可できますから、部下達が帰社した車を何台か
借りて、家に駐車スペースのある人がみんなの家を回って帰ることにしました。
僕の家は通常なら車では30分位です。 もう少し遠くの家の女子社員2名を乗せて、9時45分頃
会社を出発! 一人は横須賀、もう一人はその手前の金沢区です。
予想通りに、車は空いていて、意外と早く帰路に付けました。
ところどころで渋滞が有りましたが、1人目、2人目を送り、僕も自宅に向かいました。
そして、午後11時過ぎに、娘から携帯に電話が来ました!
「お母さんと連絡が取れた!今、歩いて帰っている!」もう、家のそばまで来ているらしいとの事!
おおおお!そうだ、奥さんの事は心配していましたが、無事だったか!良かった、しかしなんで連絡くらい
して来ないんだ!と少々腹立たしく、思いました。
そして、息子が奥さんを近くまで迎えに行ったようです。
その後、僕は11時50分頃、ようやく帰宅! 家は・・・・・うん、大丈夫みたい!
すでに奥さんは帰宅していました。 連絡が出来なかったのは、繋がらない事で、何度も何度も
アクセスしてるうちに、携帯の電池の寿命で、これ以上電話やメールを使うと、電源が切れてしまいそう
だったので、連絡出来なかったそうです。
緊急の充電器なんて、僕も奥さんも持っていませんからね!
僕は会社のPCで充電していましたので、大丈夫でしたが、奥さんはパート先ではそんなPCを使う
仕事ではないので、仕方有りません。
このような災害時には、携帯も必須アイテムですが、電池切れでは使い物になりません。
災害に備えて、携帯充電器もあると便利グッズになると思いました。
こんな感じで、僕の長い1日は終り、ゆっくりと自宅で休む事が出来ました。
しかし、帰宅出来なかった方も大勢居たようです。
横浜地区の人たちは、翌日に電車が動き、皆さん家に帰る事が出来たようですが、東北地方の方々は
帰る家を失っています。 これから大変な苦労を強いられる事になりますが、皆で協力して、日本全国で
復旧に最大限の努力と尽力、援助をして行きたいと、少なからず、被害を受けた僕達も
思いを新たに感じた1日でした!



