とある展覧会が2007年に開催され、
その中でコスタリカのアーティスト・ギジェルモ・アバクク・バルガスが参加。
犬を会場にロープでつなぎ「餓死する過程」をアートとして出品した。
来場者らが給餌や開放を求めても、
「アートなのだから」と拒否した作家。
会が終わり、新しい年を迎えた今も生死は不明とされている。
エサも水も与えられず、ただ与えられる物は好奇と困惑の目。
果たして、彼の(もしくは彼女)の目には何が映っていたのだろうか。
現在、インターネット上ではこの作家のイベント参加を
阻止する署名活動が活発化。
海を越えて展開され、今や40万を越えた。
もし、この記事を読んでいる人で、この出来事に対して興味があったら
この記事中にある言葉を使って検索してみるといい。
さまざまな記事がヒットするだろう。
日本語のみならず、英語やスペイン語の記事も出てくるし、
犬関連サイトや美術サイトとジャンルも多岐にわたる。
専門用語も飛び交うが、インターネット辞書などを用いれば紐解けるだろう。
私が今回、このような紹介の形を取ったのは、
その記事や写真を実際に目にして「なにか」を感じてほしいからだ。
「なにか」とは、怒りであったり、悲しみであったり、
寂しさであったり、哀れみであったり、
犬への価値観の違いであったり、生命観、宗教、土地柄…
どんなものでもいいだろう。
「なにか」を感じることは、人間に許された所業。
そして、その「なにか」は明日への原動力になる。
この犬の未来を、この犬の「次」を生み出さない未来の扉を開ける力、と。