今朝、「今日美味しいものを食べる夢を見たでしょ?」と
夫から指摘されたさちきです、こんばんわ。
そんなこんなでうかつに夢も見られないと思いつつも
夢の中まで察しがつくほど、自分を理解してくれる人がいることに
安堵感を覚えるような、そんな瞬間でした。
こういうのを、きっと人は幸せと呼ぶのでしょう。
今日は6月24日。
明日は兄の命日です。
死んだ人を悪く言うのは気が引けますが、
生前の兄はトラブルメーカーでした。
なかにし礼の小説「兄弟」のまねではありませんが、
兄さん、頼むから死んでくれと思ったことが少なくありません。
今の穏やかな幸せは
兄の死があってこそ、成立しているものと言っても過言ではないでしょう。
そのくらい、ドラブルを引き起こし
そのつど母と私は並々ならぬ苦労を強いられてきました。
それでも
それでも
それでも
生きていてほしかった。
こういう感情を人はなんと呼ぶのでしょうか。
3年経った今、まだ答えを見出せないで
ただ、ただぼんやりとやり過ごしています。