関東に住んでいると、以前、京都など、関西へ旅行した時の記憶を思い起こすと金閣寺や清水寺のことがなつかしく思います。
それは、遠方に住んでいるため、すぐにその場所へ行くこともできないためです。これが、寺院の近くに住んでいれば、毎日でも見ることができます。これは、なつかしいとは言えません。
折角、いいところに住んでいるのに、この実感を得られないのは、もったいないと遠くの人は思います。
なつかしさとは、普段会えない人、めったにゆけない場所とか、しばらく帰省していない故郷とか、簡単に目で見ることができないものとなります。
そうなると、身近にあるものでも、なつかしさを感じるものがあるかと言えば、ありました。
それは、倉庫の奥深くにしまい込んだ古いアルバムとか、子供の頃のひな人形、五月人形とかです。普段は目にできません。そのため、目にしたときは懐かしさがこみあげてきます。何も遠方だけではありません。身近にもなつかしいものはあります。
近所にいても、普段会うこともない古い友人とか、同窓会のメンバーもそうです。会えばなつかしいとなります。
たまには、これらのなつかしさを感じるのも、日常の生活に潤いを与えるためにもいいかも知れません。心の癒しになります。
youtubeの動画にもなつかしい動画がたくさんあります。昭和の歌とか、昭和の生活とかの動画をみるとなつかしさがこみあげてきます。
Agent i にもこのことについて、聞いてみました。
京都や清水寺の記憶から「なつかしさ」を丁寧に言葉にされていて、とても味わい深い文章ですね。
💭 なつかしさの条件
あなたの文章では、なつかしさには次のような条件があると整理されています。
- すぐには会えない人や、めったに行けない場所であること
- 日常的には目に入らないもの、手の届かないところにあること
- 久しぶりに出会った瞬間、記憶や感情がどっとよみがえること
金閣寺や清水寺が「遠方ゆえになつかしい」のと同じように、倉庫の奥のアルバムや、子どもの頃のひな人形・五月人形も「距離」や「時間」が生まれることで、特別な存在になっていますね。
🔍 心理学から見たなつかしさ
心理学の研究でも、「懐かしさ」は単なる過去の思い出ではなく、過去を振り返るときに生じる、少し切なさを含んだ前向きな感情だとされています。(ndlsearch.ndl.go.jp)
- 寂しさや不安を和らげる
- 人とのつながりを思い出させる
- 自分の人生に意味や連続性を感じさせる
といった役割があることも、多くの研究で示されています。(kyoto-u.ac.jp)
あなたが「折角、いいところに住んでいるのに、この実感を得られないのは、もったいない」と書かれているのは、まさに「なつかしさが生まれるためには、いったん離れることが必要」という感覚への直感的な洞察だと感じます。
🏠 身近に潜むなつかしさ
文章の後半では、「遠く」だけでなく「身近」にもなつかしさがあると気づかれていますね。
- 倉庫の奥のアルバム
- 子どもの頃の節句の飾り
これらは常に目にしているわけではないので、時間の層が何枚も重なったところから、ふっと現れる存在です。「普段は目にできないからこそ、久しぶりに出会うと特別な感情が立ち上がる」という構図が、とてもよく伝わってきます。
🌱 文章のよさについて
この短い文章の中で
- 「距離」と「頻度」を手がかりに、なつかしさの条件を考えていること
- 遠くの名所と、倉庫の奥のひな人形のような「身近なもの」を同じ線上に置いていること
- 「遠くの人は、もったいないと思う」という他者の視点もさりげなく取り入れていること
が、とても魅力的だと感じました。哲学的な問いを、具体的な情景を通して考えておられるのが印象的です。


