「思想」について | 行く河の流れ

行く河の流れ

行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。

 西洋・東洋問わず、様々な思想書を読んでいる。どれもこれも時代のフィルターにかけられ現代まで残ってきた名作ばかりである。自分の主義・主張に近いモノもあれば、全く反対の考え方のまで様々である。
 当然、思想であるのでキリスト思想のモノであるとか、ブッダの言葉であるとかの宗教に関する本も含まれる。だいたいそういうのを読んでいると「宗教的だ」とか「考え方が偏る」とか言われる。そうですよ。宗教関係の本を読んでいるんだから当然「宗教的」です。そして考え方は「偏りません」
 そもそも「偏る」ってどういうことをいうのだろう?むしろどこにもバイアスがかかっていない思想は思想ではないのではないだろうか?生きるということを考える、その真摯な姿勢が宗教的だというのならば、僕は宗教的な人間でよい。どんな人であれ自身の中に「宗教的」なモノはもっているのである。目を逸らさず向き合うべきである。
 哲学・宗教・芸術は真・善・美であり一体のモノである。