今はそんなことはなく、以前ほど、ここが遠くには感じられない。到着してからお墓を掃除して、花を挙げて、水をかけ、お供え物をして、一つ一つのお墓を拝む。その流れの中に子どもの時には感じなかったモノを感じた。祖母はいつも自分の夫である祖父の墓に話しかけながら一つ一つの作業をしていく。その言葉はいつも家で仏壇に向かって発する言葉であり、つまることなく流れ出てくる感謝の言葉である。心から発する言葉は美しい。
掃除の合間に家に関するいろいろな話をしてくれる。お墓参りに来る度に聞かされる同じ話も多い。でも僕は小さい時から聞かされるこの話が、毎回新鮮な気持ちで聞くことができる。昨日もそうで自分の心の成長を測るバロメーターになっているのかもしれない。
ふと思ったのが、祖母はこの家に嫁いで来たわけだ。しかしである。この家の今に至るまでの先祖にめちゃくちゃ詳しい。まるで子ども時代からこの家に生まれ、この家で育ち、この家で生活してきたように。しかし実際には祖父と結婚するまでは、この家のことなんて全く知らなかったはずだ。
おばあちゃんのおじいちゃんを想う気持ちがそこには在った。時を刻み深みと透明度そして強さとしなやかさを増した感情が在った。おばあちゃん、やっぱすごいです。
