名古屋駅での出来事 | 行く河の流れ

行く河の流れ

行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。

 アルゼンチンで仕事をしている友達が日本に2週間ほど帰ってくるというので静岡まで会いにいった。いろいろな分野のことを知っておりとても刺激を与えてくれる友達である。静岡へ行く道中で出来事。
 前日の夜に夜行バスに乗り早朝6時30分に名古屋駅についた。静岡までの直通がないため名古屋からは電車で行くことにしていた。しかも静岡で友達と会う約束にしていたのは午後の5時。丸一日時間を潰さなくてはならなかった。単に時間を「潰す」となると、もったいないので名古屋駅の高島屋の前に立ち、人間観察を始めてた。朝の7時から10時くらいまでいろいろな人が通り過ぎていく。
 僕が柱にもたれかかって立っていると、一人のおじさんが話しかけてきた。
「友達に電話をかけたいんですけど、携帯電話を貸してくれませんか?」
そのおじさんは上はくたびれた茶色のポロシャツを着て、下は足首が細いタイプの青いジャージを履いていた。明らかに怪しいタイプの人間で関わりたくなかったので、断った。
「電話をかけたいんで、100円玉貸してもらえませんか?」
今度はお金を要求してきた。「やっぱり、それか・・・」
ちょっとカチンときて、「ないです」と断った。
 おじさんは何も言わず、今度は隣の柱にもたれかかって人と待ち合わせをしている風な大学生の男の子に話しかけた。何を言っているのか人ごみの喧噪で聞こえてはこないが、僕に言ったことと全く同じことを言っていることが仕草でわかった。男の子は結局100円玉をそのおじさんに渡した。僕はその様子をずっと見ていた。おじさんは僕の顔を見ながら、こっちにやってきて、僕の前を通り過ぎてどこかに行ってしまった。
 そのおじさんは何がしたかったのか?本当に友達に電話をかけたかったのか?本当に100円に困るほどの生活をしているのか?実際に電話をかけたかったのに、全く貸す気もなく断ったのなら僕はひどいことをしたことになる。100円に困る生活をしている人に100円もあげられない気持ちの余裕のなさには自分の情けなさを感じる。しかしそのおじさんはそこまで困窮してはいないと感じた。僕が感じたのは嫌になるくらいの『プライドのなさ』だったのである。