女性に向かって「ブス」と言うとき、その「ブス」とは何なのかが気になっていた。それ自体としてもう意味が通じている言葉であり、そこから語源を辿ることは意味がないのかもしれない。
「ブス」とは漢字で書くと「附子」と書く。この「附子」とはトリカブトの塊根を意味している。トリカブトの根には猛毒のアルカロイドが含まれていて、口に含むと神経系の機能が麻痺し無表情になる。その無表情のことを「附子」というようになり「ブス」という様になったとのことである。
僕は全く違うところに語源があると思っていた。それは「粋(いき)」と「無粋(ぶすい)」との対比の中である。「不粋」→「ぶすい」→「ぶす」→「ブス」となったのだと考えていた。
よって、僕が好意を寄せる女性は「粋」な人ということになる。こちらの説で考えてみる。そうすると、テレビや映画、雑誌などのモデルをするような女性は論外となる。まず自分の容姿をひけらかすという感性が「粋」でない。かといって、女性であることを放棄したような人も、自分を大切にしていないようで「粋」とは感じない。またあまりに「粋」を追求しすぎている人も、過ぎたるは及ばざるがごとしで「粋」ではない。
よって「粋」に付かず離れずの絶妙のバランスで浮き世を渡る「小粋」な人が良いなどと考えたのであった。
日本人の「粋」という精神構造を分析した書物としては九鬼周造の『いきの構造』がある。僕が大学在学中に講義で取り上げられ、先生が説明してくれていたのだが当時まったく興味がなく、その概念は僕の頭を素通りしていった。今また改めて読むべき本として再登場してきた。・・・が、今すぐには読むことができないので読書の秋にでも読もうと思っている。