第3話 裸にならなければ、前には進めない
――答えを持たない社長が、場をひらいた夜
高橋は、その日一日、ずっと胸の奥が重かった。
先日芽生えた「未病」の感覚は、
もはや違和感などという生やさしいものではない。
はっきりとした「痛み」になりつつあった。
仕事はある。
売上もある。
社員もいる。
それなのに――
「このままでいい」という姿勢そのものが、
自分をダメにしている原因だということも、
もうわかってしまっていた。
(俺は、何を怖がっているんだろう)
答えは、うっすら見えている。
失敗が怖いわけじゃない。
怖いのは、
自分がもう「答えを出せる人間ではない」と認めることだった。
社長の頭の中だけでは、何も変わらない
午後の事務所。
見積書を作りながら、高橋は何度も手を止めた。
(新しいことをやろう)
(でも……何を?)
頭の中に浮かぶのは、
どこかで聞いた言葉ばかり。
DX。
サブスク。
IT活用。
でも、それは全部「借り物」だった。
(これで、社員を引っ張れるか?)
(お客さんを、ワクワクさせられるか?)
答えは出ない。
そのとき、
佐藤の言葉がよみがえった。
「社長自身が、この仕事を楽しめてないように見える」
高橋は椅子にもたれ、天井を見上げる。
(楽しめてない社長が、 楽しさを売ろうとしても……無理だよな)
自分の中をどれだけ掘っても、
もう何も出てこない気がした。
夕方、社長は社員を呼び止めた
数日後。
その日の仕事が一段落した夕方。
シャッターを下ろす前、
高橋は珍しく声を張った。
「ちょっと、みんな集まってくれるか」
社員は3人。
佐藤、森、そして最年少の木村。
朝礼をしない会社だ。
こんなふうに集まるのは、年に数えるほどしかない。
「何かありましたか?」
佐藤の問いに、
高橋は一瞬、言葉に詰まった。
準備していた言葉は、
喉の奥で崩れた。
そして――
予定していなかった言葉が、口をついて出た。
「……正直に言う」
全員の視線が集まる。
「俺、どうしていいかわからなくなってる」
空気が、止まった。
社長が「答えを持っていない」瞬間
森は眉をひそめ、
木村は視線を落とした。
佐藤だけが、
じっと高橋を見ていた。
「売上はある。仕事も回ってる。 でも……」
言葉を探す。
「この先、この店が“面白くなる気”がしないんだ」
胸が痛んだ。
それでも、止めなかった。
「俺の頭からは、新しいアイデアが出てこない」
沈黙が落ちる。
社長が言ってはいけない言葉を、
高橋は、はっきり口にしてしまった。
古参社員の、遠慮のない一言
最初に口を開いたのは、佐藤だった。
「……社長。それ、今さらじゃないですか」
息をのむ。
「ここ数年、社長はずっと“様子見”でした」
逃げ場のない言葉。
「大きな失敗はしてない。でも、大きな挑戦もしてない」
そして、決定打。
「正直……ワクワクは、してません」
高橋は、反論できなかった。
それが事実だと、
一番わかっていたからだ。
社長のプライドが、音を立てて崩れる
高橋は、ゆっくりと頭を下げた。
「……その通りだと思う」
佐藤が目を見開く。
「俺は、父のやり方をなぞってきただけだった」
「でも、時代は変わった。
俺は、その変化に乗れてない」
そして――
社長として、決定的な言葉を口にした。
「だから……教えてほしい」
社長が、社員に頭を下げた。
若手の、控えめな提案
沈黙の中、
木村が恐る恐る手を挙げた。
「社長……ズレるかもしれないんですけど」
「いい。何でも言ってくれ」
「最近、調理家電を買ったお客さんから、
“使いこなせない”って相談が多いんです」
性能はいい。
でも、生活が変わるイメージが持てない。
「売るだけじゃなくて……使い方まで一緒に支援できないかなって」
高橋の眉が、わずかに動いた。
「それ、うちの仕事か?」
「それって……うちの仕事か?」
木村は、少し迷いながら答えた。
「はい。“家電を売る”じゃなくて、“生活を整える”仕事です」
AI、データ、提案。
高橋にとっては、完全に想定外の話だった。
高橋が見た「未来の輪郭」
(俺の頭からは、こんな発想、一生出なかったな)
父の時代は、父が未来を見ていた。
今は違う。
未来は、
社員の中に散らばっている。
「ありがとう」
「俺一人じゃ、この先には進めない」
それは、
社長が“答える人”から“場をつくる人”に変わった瞬間だった。
第3話の終わりに
その夜。
シャッターを下ろしながら、高橋は思った。
(売るものも、
仕事の定義も、
変わるかもしれない)
でも、不思議と怖くなかった。
胸の奥に、
久しく感じていなかった感覚があった。
――少しだけ、ワクワクしている。
高橋は、その感覚を確かめるように、
ゆっくり歩き出した。
――第4話へ続く
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