こんにちは。
今日もハーモニー経営に関するお話です。
ハーモニー経営の一端を垣間見ていただくために
ある大企業の部長の苦難、そしてそこを様々な人を巻き込みながら突破していく物語、第3話です。
波紋の広がりと、揺れ始める巨大組織
1.静まり返る建物の中で
水道事業本部の建物は、どこか静まり返って見えた。だがその内部では、目に見えない小さな波紋が、ゆっくりと広がり始めていた。
山川誠が“対話会”を始めてから、すでに2か月が過ぎていた。参加メンバーは最初の5名から、いまや10名近い規模になっていた。しかも「参加希望」ではなく「録音データを聞きたい」というメンバーを含めれば、30名を超えていた。
しかし、この広がりは“順調”とは言いがたかった。必然的に、組織のどこかで“軋み”を生むからである。その気配が、表に現れ始めていた。
2.揺れ始める周囲の空気
対話会の翌週、佐野が声をかけてきた。
「山川さん……実は、少し気になることがありまして」
「どうした?」
「うちの対話会、ほかの部の部長から“あれ何なんだ?”と聞かれました。『勝手にやってるんじゃないだろうな』と……」
山川は短く息を呑んだ。(……来たか)
録音が広まり始めたときから、いつかはこうなると覚悟していた。組織が大きければ大きいほど、“公式でない動き”を嫌う人が必ず出てくる。現場のためだからこそ、面倒がられる。
「気にするな。こちらから説明しに行く必要もない。ただ、堂々としていればいい」
佐野は不安そうに眉を寄せたが、それ以上は言わなかった。
だが山川自身の心は穏やかではなかった。
組織の“見えない壁”が、ゆっくりと近づいてくる感覚があった。
3.矢野専務への中間報告
約束の「2か月後」が近づいていた。昼下がり、矢野専務の執務室に呼ばれた。
「どうだ、例の対話会は」
山川は経緯を丁寧に説明した。参加者の増加、録音データの貸し出し、若手の熱、中堅の葛藤、他部署部長の横やり。すべてを言葉を選びながら伝えた。
矢野は無言で聞いていた。表情は硬いが、その目は以前より柔らかかった。
「山川……。君の動きは確かに波紋を広げている。その波紋が“反発”を生むのも事実だ」
「はい……承知しています」
「この組織は大きい。大きいからこそ、“正しいこと”でもタイミングを間違えれば潰される」
山川は喉の奥がつまるような感覚に襲われた。
「ただな……“見えなくなった大義”を思い出させるのは、いつも現場からだ。上から変えるのは難しい。下から静かに育つ芽を守る方が、よほど現実的だ」
その言葉に、山川の胸の奥で熱いものが広がった。
「……ありがとうございます」
矢野は小さく笑った。その笑みは、ほんのわずかだが、確かに“希望の影”を落としていた。
4.山川に向けられた“見えない圧”
しかし現実は甘くなかった。週の後半、常務取締役人事部長から呼び出された。
「山川君、君の部署の“集まり”について聞いている。どういう趣旨なのかな?」
声は穏やかだったが、背後の“監視の眼”が透けて見えるような声色であった。
「現場の声を聞く、小規模な勉強会でして……」
「ふむ。業務時間外にやっているようだが、あまり“非公式なネットワーク”を作るのは感心しないな。そろそろ役員人事を検討する時期でもあるんだがね……」
その言葉は鋭い刃を含んでいた。山川は拳を握った。(……こういう反応は覚悟していた。だが、胸に刺さるものがある)
会議室を出た瞬間、疲労が押し寄せてきた。
5.若手の一言に救われる
夕方。ポンプ室の前のベンチで深呼吸していると、若手作業員・岸本がやってきた。
「あれ、山川さん……疲れてます?」
「ちょっとな」
岸本は工具箱を置き、ためらいがちに座った。
「……あの対話会の録音、聞きました」
「そうか。どうだった?」
「……正直、涙出そうでした」
岸本は続けた。
「俺たち、現場のことを“戦略”として語ってもらえる機会、ほとんどなくて。いつも“ミスをなくせ”“報告を出せ”ばっかりなんです。でも、山川さんたちの話……あれ聞いて、やっと、自分たちの仕事が“生きてる”んだって感じられたというか……」
声が震えていた。山川の胸に熱いものが広がった。(……救われたのは、俺の方だ)
「ありがとう。そう言ってもらえると、続ける力になる」
岸本は照れ隠しのように頭をかいた。
「……うちの部の人間が参加できるようになってほしいです」
山川は静かにうなずいた。
6.揺れる役員たち
翌週。経営会議の前、廊下で数人の役員が話しているのが耳に入った。
「例の対話会の件、聞いたか?」
「若手がずいぶん熱く語っているようだな」
「変な期待を持たせてはまずい。組織が混乱する」
「だが、現場の誇りが薄れているのは確かだ」
「……理念を語る余裕も、最近はないしな」
山川は物陰でその会話を聞きながら、“反発”と“共鳴”が同時に起きていることを実感した。
(組織が揺れている……でも、それは悪い兆しではない)
巨大な組織が、ほんの少しだが“動き始めた”。その気配を山川は肌で感じていた。
7.小さな希望と、大きな不安
ある日、矢野専務から呼ばれた。
「……例の対話会の件でな。数名の役員から“正式に説明を求めるべきだ”という話が出た」
山川の心臓が跳ねた。(ついに……来たか)
「だが、それとは別に……“興味があるから内容を教えてほしい”という声も上がっている」
「え……?」
「つまり、完全に賛否が分かれている。君のやっていることは、確かに組織の空気を揺らしているんだ」
山川は鼓動が速くなるのを感じた。恐怖と希望と責任。その全部が入り混じった感覚。
矢野は優しい声で言った。
「安心しろ。今は守れる。だが……次の一手は、君自身が決めることだ」
(次の一手……)
巨大な組織の中で、どれだけのことができるかは分からない。だが、山川の胸の奥には、消えない灯があった。
それは、あの日、若手が語った“誇りを取り戻したい”という声。
佐野の静かな熱。
岸本の震える言葉。
そして――矢野専務の揺らぎ。
(まだ終わっていない。ここからが本番だ)
山川はゆっくりと息を吸った。そして静かに、矢野に向かってうなずいた。
「――はい。ありがとうございます。やります」
矢野はその言葉を聞いて、深くうなずいた。
ゆっくり、だが確実に。巨大な組織が揺れ始めていた。
(つづく)
詳細原文は
ハーモニー経営コンサルティングホームページに掲載中。
