ひさしぶりのケンタッキー・フライドチキンを食べて思う | 株式会社テクノコーポレーション

ひさしぶりのケンタッキー・フライドチキンを食べて思う

テクノコーポレーション代表取締役の新國浩之です。

今日はひさしぶりに「ケンタッキーフライドチキン」でチキンを食べました。

子供の頃は、一度に4,5個いけたのに、いまは1個でじゅうぶんです。

昔のほうが美味かったと言う人が多いようですが、じつは私もそう思います。

というか、ケンタの味付けが変わったのではなく、自分が変わったのかと思います。

なんでも人のせいにする人は、前者の傾向が強く見受けられます。相対的な思考力も弱いのかもしれません。


カーネル・サンダース(これは称号で、正しくは「ハーランド・デービット・サンダース」です)がなんと65歳のときにスタートさせたのが、「ケンタッキー・フライド・チキン」のFC展開だったことは、あまり知られていません。

この人は、何度も何度も仕事で失敗しているのです。もともとは鉄道の機関士、消防士、弁護士、保険代理店、タイヤ販売など、いろいろな仕事を失敗させています。

そしてガソリンスタンドを始め、スタンドの横の物置で始めた、たった6席の「サンダースカフェ」で出したフライドチキンが大人気になったのです。

その後順調にみえたフライドチキンの販売でしたが、道路の区画整理や、失火による施設の全焼などで、またも倒産してしまったのです。

その後文無しのカーネル・サンダースが思いついたのが、「フライドチキンの調理法」をビジネスにするという、いわゆるフランチャイズ(FC)展開だったのです。

65歳でスタートさせたFCビジネスは大成功。いまでは全世界に6000店を数えるに至ったのです。

私が尊敬するビジネスマンのひとり、カーネル・サンダースの言葉です。


「自分は決して特別な才能があったわけでもない。運がよかったわけでもない。自分がしてきたことは、毎日毎日、目の前の自分に与えられた役目、人を喜ばせること、人を勇気づけることに、全力で、精一杯生きてきた。ただそれだけのことだ」

カーネル・サンダースは、1980年に90歳で亡くなるまで、毎日全世界のケンタッキー・フライドチキンの店に出向き、あの白い上下のスーツに蝶ネクタイの出で立ちで客席に向かい、お客さんに愛想を振りまき、皆から好かれたそうです。

文無しだったカーネル・サンダースが成功した秘訣は、ただただそれだけなのです。

マネジメントを勉強した人は、よくご存知の話でしょうけれども、思い出して考えると、「!」とさせられますよね。