痛い思いをして成長するのが、アントレプレナーなのでしょうか?
なんとなく秋の予感。テクノコーポレーション代表取締役のHです。
さて、ある寺院の天水受けの緑青を直す作業に取り掛かりました。たしかに侘び寂びとは言い難いような酸性雨によるマダラでした。
そのとき、私は薬品の分量を間違ってしまっていることに気付かないまま、それを塗布してしまったのです。。。
あわれ、緑青(酸化銅です)は溶けてしまい、ブロンズ地金がむき出しになってしまったのでした。
「あああああああーっ!!」と声に出してしまったところに、立ち会っていた副住職の方が、「住職にはいますぐ報告はしないでおくから、絶対になんとかして」と言ってくれました。
そのとき、「たしか東久留米市に岡本太郎のアトリエがあるから、そこに行けば大型ドライヤーとかあるかもしれない」と思い、調べてからアポ無しで伺ったのです。
事情を話すと、快く大型ドライヤーと、強酸性薬剤を借りることができました。それどころか、岡本太郎先生の片腕といわれた田中先生も見に来てくださったのです。
作業は大成功。副住職さんも驚いて、住職さんに報告してくださいました。
仕上がりがあまりにも良かったので、その後、その寺院の仏像のリフォームやら金箔の箔押しなど、高額の注文もいただき、みんなで喜びました。
その利益で、スズキカルタスという新車を社用車として買ったのです。忘れません。
そして、先の田中先生から、「岡本太郎の作品を、やってもらえないか?」と頼まれたのです。私は正直、いつものように「いいですよ」とは言えませんでした。なぜなら、一つの作品は何千万円、何億円もの価値があるのですから。田中先生は、「太郎の作品を、後世の人たちに伝えたい」との熱意を、我々にぶつけてくるのです。
数日考えましたが、やることにしたのです。そのかわり、絶対に失敗は許されません。川崎市美術館へ収める作品を、まず最初にやろうということになったんですよね。これらの作業スナップは、後日お見せしますね。
そうするうち、彫刻だけではなく、さまざまなものの修復依頼がまいりました。私は嬉しかったです。まだ駆け出しの小さな会社でも、こんな仕事ができるのだと。メンバーが誇らしかったです。
しかし、喜ぶのは早かった・・・。私は大きな大きなミスに気付かずにいたのでした。
リピートオーダーのことを、考えていなかったのです。一度加工すると、15~20年は効果が続くのですから。お客様は喜んでくださるので、それは素晴らしい仕事なのですが、これではダメなんだ・・・。と気付いたのです。