IUの超名曲のひとつにLove Poemという曲があるのだが、
この曲は2019年の11月1日にリリースされ、その直前の10月14日にIUの親友のソルリがネットでの誹謗中傷から自ら命を絶っており、生前の彼女へのメッセージソングとも思える内容なのだが、孤独に苦しんでいる誰にとっても深く染み入る癒しを与えてくれる歌である。
誰かのために 誰かが
祈っているみたい
息を殺して書いた愛の詩が
低く聞こえるよう
君のもとへ鮮明に飛んでいって
遅れないようにその場所に届きますように
I'll be there 一人で歩くあなたの後ろに
Singing till the end 終わらないこの歌
ほんの少しだけ耳を傾けてみて
ひときわ長い夜を歩く君のために歌うよ
またもう一度君の世界で
星が落ちているみたい
息を殺して飲み込んだ涙が
ここに流れてるみたい
言葉を失って静かな心に
記憶のように聞こえる声
I'll be there 一人で歩く君の後ろに
Singing till the end 終わらないこの歌
とても大きな息をしてみて
声の出し方を忘れた君のために歌うよ
また歩いていけるように
歌うよ
また愛することができるように
Here I am 見守って 私を、私は絶対に
Singing till the end 止まらない この歌
君の長い夜が終わるその日
顔を上げて眺めたそこにいるよ
この歌詞はIUが書いたものでもとはといえば彼女がリスナーに向けたメッセージであり、自分も大変なときに何度も助けてもらったものだが、幾度となく聞いているうちに、困難をくぐりぬけた未来の自分が今の自分に向けて歌っているような、何があってもきっと大丈夫だから未来の自分を信じるんだと諭してくれているような気がしてきた。そしていつか苦難の道を歩んでいる誰かにエールを送れるような自分になりたいという気持ちになってくる。
IU自身によって書かれたこの曲を含むアルバムのライナーノーツがまた泣ける。
「人間の利他性というそれだけでさえも利己的な土台の上にある。」
愛する人が独り孤立して行く姿を見るのは辛いことだ。何もしてあげられず見守るしかないのが辛く、催促するように掛けた応援と慰めの言葉を、完全に相手のためにしたことだと錯覚したりする。
私は相変わらず、誰か私の大切な人が苦しむ姿を見ると口出しせずにはいられない。
しかし今では、私のそのような行動が完全に相手のためだけの配慮や慰めではなく、その人の穏やかな日常を見たい私の切なるお願いであるということを知っている。
臆面もなくお願いする立場なのだから最小限のことだけ望むことにする。
この詩を聞いてほしいということ、
そして息をしてほしいということ。
誰かの人生を生涯背負っていける他人はいない。
しかし、方向が合えばいくらでも一緒に歩むことはできる。
また、できることはこれしかないものだから、私は私の愛する人々にいくらでも歌を歌ってあげられる。
私が音楽をやりながら世の中から受け取った多くの詩のように、私も真心のこもった詩を真面目に書くつもりだ。
そのように順番にお互いの詩を聞いてもらいながら、大きくて小さい呼吸をしながら、生きれたらいいだろうな
利他的な行為というものが時に自己満足だったり自分の承認欲求に根ざす突き詰めれば利己的な動機づけからのものだったりするのではないかという懸念をIUは忘れない。
そして、ただこの詩を聞いてほしい、私には歌を歌うことしかできないから、となんとも謙虚なのだが、その詩にどれだけの人がどれほど慰められ勇気づけられたことか。
かつてこの歌のおかげで歩けるようになった自分が未来にはそんな歌を歌い続けるIUに一歩でも近づいていることを願う。
そうこうしているうちに、明後日にはニューアルバムがリリースされてしまう。IUのお家芸のカバーアルバムの第3集であり、なんとも心にくいプロモーションが展開されているので心が躍って仕方がない。