現在、お金が無くて携帯電話が停まっています。
ネットはこうしてかろうじて生きていますが。
オイラの携帯電話は携帯の形をした
アドレス帳・デジカメ・時計・メモ帳・ゲーム機の機能を融合した
とても便利な手のひらサイズの機械になっているということです。
が、、、、電話とメール、モバイル機能は死んでいます。
10年前に手にした携帯電話。
それまでは無くても生きていましたから、
無くてもなんとかなるだろうと思っています。
が、、、幾らか不便を感じています。
連絡を取りたい相手が携帯を持っていてくれるので、
オイラからは家の電話やらパソコンやらでアクセスできるのですが、
逆に相手からの連絡は殆ど来ない。
ご迷惑をお掛けしまして、大変申しわけございません。
一緒に買い物に行こうと友人に電話して、
新宿に行こうと思います。相手が新宿に詳しい人ではないので
落ち合うことが出来るかどうか
心配です。


前2回を見てみると・・・読みづらいですね。
全部読めた人いらっしゃいます?
少し今回は読み易く工夫してみます。
3日目(2005,09,02)
今朝も昨日とほぼ変わりなく朝食を済ませて、チェックアウト
フロントのお嬢さんには「また来たときは利用します」と
近鉄奈良駅まで商店街を抜けていきながら、衆院選のポスターを気にしていました。何だか今日は色々な政治家が奈良に来るらしい。土井さん、小泉、志位さんその他。
僕は今は日本共産党に頑張って欲しいと思っている。だから志位さんの話を聞いてみたいなと思いながら、でもそんなことより喫煙所が優先。
今日はまずバスで斑鳩に行こうと考えていたので、どれくらい車中に居なくちゃならないか予想できないので今のうちに煙草をしっかりと呑んでおかないといけないのです。駅前で喫煙所発見。
とは言いつつも、周りを見渡すと歩きながら吸っている人は沢山居るのですね。喫煙マナーについては、むつかしいところで、今まで許されていたことをいきなりダメと言われても、それを何十年もやってきた人間にしてみれば「てやんでぇ」的なところもあるし、周りに人が居なければいいんじゃないかってことも思うし。
確かに受動喫煙はいやな人にはいやだろう。けど、喫煙所で吸っているにも関わらず、いやな目で見られるこっちの身にもなれって。喫煙所の近くを通るあんたのほうが悪いんだろうって思うことがある。お互い尊重しようよ。
まぁ東京都違ってこの奈良ではまだある程度受け入れられているみたいだけど。
おっと話がずれた。
斑鳩行きのバスは大通りから出ていました。
町の中を貫けるとすぐ田んぼやらが見えてきて、しばらく行くと小さな川を越えて行きます。右手の遠くに西大寺辺りかな、平城京跡の大きな白い建物?(10階建てくらいの白い被い)も見えました。
更に唐招提寺の前に差しかかり、乗っていたおばちゃんたちの殆どがここで下車。僕は(しまったぁ、ここのこと予定に入れてなかったぁ)と思いましたが、いつだったかNHKで調査解体中の番組を見たような気もしたし、(まぁいいや)に切り替えてそのまま斑鳩まで。
おやっ?予定を立てない旅にしようと思っていたのに、結局は予定を立てている。行く予定を前日に考えている。その通りに往かなくてもイヤにはならないにしても、血液型A型からははずれられない。そんな自分がいやだいやだ。
学校などの夏休み明けなので参道には人が少ない。観光客用の駐車場にはバスが数台停まっているだけだし、時間も早いのでお土産やさんもまだ開いてない。やっとシャッターを開けようかなとお店の人が箒を持って通りに出てきたような時間。
参道は広くて静かで、車もあまり通らなくて、残暑の始まりに1人で歩くにはあまりに殺風景。ひとり犬の散歩のオヂサンと擦れ違うだけでは、ここが歴史的にどれほど重要なのか、ちっとも胸がワクワクしてこない。
ある程度ざわざわとしていたほうが、いいみたい。
広い境内を一通り見て周り、宝物なども見て、金堂のところでは観光バスの人に混じりこみ、運転手さんの解説を聞いて(常套手段)裏の方の門から出て、裏の通りに出てみました。
法隆寺は世界最古の木造建築として世界遺産に登録されているので、あまり手を加えず残されているのですが、裏の通りもそれなりに手を加えられずに町並みが残っているんですね。
古い建物(法隆寺ほどは古くない)の町並みは、こんなカンカン照りなのに、壁も屋根もしっとりとしているようで、暑い暑い日差しを遮りながら静かに佇んでいました。
僕はというと、あまりの暑さに貧乏旅行で我慢していたジュースを飲んでしまいました。夏休み明けでまだ学校が早く終わったのか、中学生がもう帰り始めていました。
昨日、飛鳥の天武天皇陵の近くの中学校の横を通ったときにも思ったのですが、世界遺産のすぐ近くに住んでいるこの子達は、例えば法隆寺の中に入ってどんな感じなんでしょうか?
そこで携帯電話に着信。大和高田の駅に待ち合わせることに。
その日、友人の坊主は用事があるとかで大和高田から少し離れたところにあるお寺にひとりで泊まることに。
普段人が居なくて手入れとかしていない寺なので庭は草ボーボーだし、トイレの電球は切れているし、本堂の仏像は大きくて汚れていて、田んぼの真ん中だから外からは虫の声しか聞こえないし、やることも無いので見ていたテレビは途中でプチュンと消えちまったし、だいぶ荒れた感じで、、、、、、、、、、、、、そうこうしていると、、、何でここに居るのか、生きているのか何なのか、ここはまずどこなのか、今何かあったら誰か僕のこと見つけてくれるのか・・・・・・・・・・・・・・
夜はさすがにちょっと怖かったけど、台所にあった何時のだかわかんないビールで落ちることに。
あまり出来ない経験ということで

二日目の朝です。とにかく今日は飛鳥を1日かけて見て回る。万葉集をちょっとだけでも読む者が、現地に行ったことが無いではなんとも格好が付かないし、そこに行けば何かが見つけられるかも知れない。自分自身のやりたいことの何物かに少しばかりでも触れられるかも知れない。色々な思いが目覚めの頭の中に回っていた。
朝食はホテルの2階のラウンジにて。サービスでパン食べ放題ドリンクも飲み放題。大した物は無いけれど僕にはそれで十分。窓際のカウンターに座り、まだまだ暑い夏の朝日の中、今日から二学期が始まり駅へ急ぐ朗らかな女学生や、寝ぼすけて汗を拭いながら出勤してくるサラリーマンたちを眺めながら、バターロールパン二つにバターを塗りミルクだけ付け足したコーヒーを一つのパンに1杯ずつ、ゆっくりと胃の中に入れた。
他の客は出張のサラリーマンが2組と観光客らしい若い女性とゴルフに行くと思われる初老の男性が2人と2人と1人と2人。あわただしく朝食を済ませるとそのままチェックアウトしていく。さあ僕も行かなくちゃ。
近鉄の奈良駅まで歩く途中に観光案内所を見つけ簡単な観光案内のパンフレットを調達。いざ飛鳥へ。
旅が好きな人間のうちどれくらいの人が同時に電車が好きなのだろう。少なくとも僕は電車に乗ることは大好きだ。近鉄の車両に乗るのは初めてなので、路線図をじっくりと見ながらワクワクしていた。平日なので各駅停車の車両は比較的空いている。西大寺で乗り換えて大和八木、更に乗り換えて飛鳥へ。
飛鳥の駅の前は夏の盛りのような陽射しの下に整備されたロータリーがあり、少し幻滅。小さな駅に大きな木の陰が覆いかぶさっている、そんな雰囲気を意味も無く期待していた自分が馬鹿らしい。駅前には「飛鳥総合案内所」とレンタルサイクルのお店数件。案内所で「明日香村わくわくマップ」と入館クーポン付きの「ミステリーロマン飛鳥王国パスポート」を手にして、「レンタルサイクル古都」で緑色のママチャリを借りて、さあどこから行こう。近いところから適当に回っていこう。
高松塚古墳
最初から坂道を上り、細い土手道をぬけたどり着くと、保存のための冷却作業を次の日に控えて準備中だとかでコテコテと覆いが掛けられていた。壁画館の中で修学旅行生に混じりながら模写されたものを見ましたけど、今ひとつピンと来るものはなかったです。その後補修のミスやらなんだで色々と話題に上ってますよね。発見されたときの中心になってらしたた方も先日亡くなったみたいですね。
文武天皇陵
高松塚古墳の奥にこれまた普通の土の道をぬけて田んぼのある農道まで行ったところにありました。誰もいない。立派な解説板があるだけで、柵に囲まれた丘はそうだと言われない限り分からないような風で少し淋しく思う。文武天皇の世がこの国の基盤が形作られた重要な時という気がするんですけどねぇ、本人が何かしたわけでないにしても。キトラ(亀虎)古墳までは今回は行きません。
猿石
普通の民家や田んぼの間の坂を下って少し西、少し北に戻って猿石へ。さてこの猿だか小鬼だかよく判らないものは何なのでしょう。ここは吉備姫王墓の西側に猿石と呼ばれる4体の像が置かれていたのですが、江戸時代に近くの田んぼで見つかったとある。そこから運んでここに置いてあるのか?それともここが本来あるべき場所なのか?よく判らない。次へ。
欽明天皇陵
猿石のすぐ北東に位置している。推古天皇のお父さんだけに立派です。お堀もきれいに整備されてました。
鬼の俎・雪隠・・・欽明天皇陵の横の細い畦のような道を上っていったところに右と左に分かれてありました。昔の棺おけ(石棺)を作る途中の石材が途中のまま放置されたものらしい。楔を打ち込んで石を割っていた様子がよくわかります。
天武・持統天皇陵・・・更に上り右に折れ、民家の前の私道みたいなところを越えると天武・持統両天皇の陵です。陽射しも強くなってきたしここで一休み。僕と同じような1人旅の人と軽く会釈をしながら水分補給。ひと月の間体を使わずに生きていたのでなまってしょうがないんじゃないかと思っていたけれど、思いのほか大丈夫みたい。坂道でもなんとか登れている。そんなこと思いながら陵に向いて目を閉じてみる。何か霊感によるインスピレーションでもないかしら。近くの道路を走る車の音が耳に届くだけで、1分ほど経過して目を開いても世界には何の変化もありませんでした。
亀石
元の坂道に戻り中学校の横を通り、更に進む。信号を渡り、自動車1台がやっと通れそうな細い道をいくと自動販売機が何台かと小さなお土産屋さんかもしれないようなところの隣に亀石と呼ばれているものがありました。これもよく判りません。天然の奇妙な石としか思えませんが、昔からこのような石に対しては人々は何かの意味をつけて接していたのでしょうか。
橘寺
聖徳太子が生まれたところ?僕が行った後、仏像が盗まれちゃったりしたそうなんですが、その仏像のある御堂の入り口には怖そうなおぢさんの居る売店みたいなのがあったのですが、おぢさんは盗人が仏像を懐に入れようとしているのに気が付かなかったのかしら?丸見えですよ、あそこ。メインの御堂よりも奥に真新しい講堂(往生院)の中に真新しい聖徳太子像がありました。作ってみたら置く予定のところに全く入らない大きさで、床をぶち抜いて上半身だけ見えるようになっているということでした。仏像とかだと思って見るとこれは非常に珍妙な像ですが、作った人の聖徳太子に対する敬いの気持ちと、お金を出した地域の方々の思いが、ホンワカと僕には感ぜられて、しばらくの間四十畳ほどのだだっ広い部屋で眺めておりました。入り口に戻るとモギリのおばちゃんとタクシーの運ちゃんが暇つぶしに雑談をしていまして、さっきの像を見て感じたことを伝えると「そんなこと言われたのは初めて」「おかしな像でしょう、わては好き何やけど」と。まぁ確かに珍妙。
川原寺跡
跡ってことで見て素通り。
石舞台古墳
でっかいですねぇ。中に降りてみるとヒンヤリとしてゾーっとしてきました。こんな大きな石で押さえ込もうとしなきゃならないってことは蘇我馬子って相当怖い人だったのかもしれないですねぇ。
伝板蓋宮跡
そうかぁ始めのころの宮ってこれくらいの大きさなのか。今は何にも無いなあ。
酒船石遺跡
お金の鋳造に使ったのかしら?でもどうやって?とにかく薮蚊がひどくてそうそうに退散。
亀形石造物
さっきの酒船石のところの裏だなぁ。連動していて何か意味があるのかしら?
万葉文化館
富本銭の見つかった場所に建てられているようです。その遺跡の状態が渡り廊下の下に見えてよいです。中身は国立の博物館ということでコテコテしてます。
飛鳥寺
もう何十年も解説をしているおじさんがテープレコーダーのように解説をして下さいました。喋りが早くて意味も判らず、ほとんど指示されたままに日本最古の仏像(?)を右から左から眺めて終わり。
入鹿首塚
大化の改新の際はねられた蘇我入鹿の首がさっきの伝板蓋宮跡の所から飛んで落ちた場所だそうで、飛鳥寺のすぐ近くなんですが、写真を撮っていると背後から声。
「そんなもん撮っててもしょうがないぞぉ」
ロードタイプの自転車にまたがったおじさん。近所の人かしら
「こんなところまで首が飛んでくるわけなかろうもぅ、こんな ところよりももっと飛鳥が分かるところにいきたくないか?」
「よく分かるところですか?何ですかそれ?」
「ふふん、ついて来てみな、荷物なんか大丈夫、すぐそこだか ら」
自転車の鍵を懸けさせてもくれないで、首塚の横の田んぼの 間の畦道に入ってゆく。30mほど入ると畦道の角。なんなん だこの人、少し危険を感じていたらおじさんの一言。
「ここが飛鳥じゃ」
・・・は?
意味わかんねぇ。
「見てみぃ、あそこ。橘寺は行ったか?ここから見るとまっす ぐ南、大きな通りがあったと思えば、通りの左(東側)、川原 寺が右(西側)、通りの幅が5,60mもあればそこの飛鳥寺 も通りに面していたことになる。大きな通りがここに南北に通 っていたと考えると全部説明が付く。都に大きな南北の通り、 一番北には?」
「宮ですか?」
「そう、つまりここの北側に宮があったはずだろ?そうすると あそこの板蓋宮跡はおかしな位置ってことになる。だから、伝 なんだよ。いろいろ調査してもあそこが宮だったって遺物とか が出てないのもあそこがあくまで伝だからなのよ」
「あ、そうだ伝だ」
「な、それからあっちには(南西のほうを指差しながら)何が ある。」
「えーと、天武陵とか・・・」
「猿石とかだろ、周りをぐるっと見渡してみろ?そしてまたあ っち、なにか気付かないか?」
ぐるり
「あっちだけ山が無くて開けてますねぇ」
「そう、古事記とかで何で生駒山のところからわざわざ遠回り して吉野のほうからここに入って来てるんだ?こっちからしか 来れなかったからだよ。そう考えると猿石は迎賓館のオブジェ かなんか、だって都の入り口のほうだからな、そう考えると説 明が付く。で、酒船石とかのところ、あっちな(東のほうを指 差して)水が出てたんだろうなぁ、貨幣を作ったりするのに水 は必要、で掘ってみた、富本銭とか出た。てことはあの辺りが 工場みたいなところ、資料館とか行って見たか?意味無いだろ あんなの?ここで、この場所で周りを見たほうが何ぼかまし よ・・・・・・・・・・・・・」
まだまだ続く
甘樫の丘
この辺りで先日、蘇我氏の屋敷らしき大邸宅跡が発掘されましたが、その作業はやってましたが見れませんでした。丘に上がって周りを眺めながらさっきのおじさんの話を思い返しつつ一服。薮蚊がひどい。
帰途
甘樫の丘をグルリと周り新興住宅地の間を抜けて駅へ。自転車を返却し空腹に気付く。そういえばお昼を食べてない。もう夕方の4時。駅前に食事の出来そうなお店があったので入ると、一応開いてて唐揚げ定食を頼むと、とっても立派な御膳が出てきてビックリ。東京とは違いますねぇ、600円くらいで御膳です。
満腹して、駅前のロータリーで缶コーヒーで一服。部活帰りの学生とすれ違いつつ奈良市へ戻ります。
ホテルの近くのマックでコーヒーを飲んでいると東京の友人から着信。例の友人の携帯の番号を教えてもらう。ホテルに戻りシャワーを浴びて、ふと朝、観光案内所で聞いたライトアップのことを思い出した。行ってみよう。
猿沢池・興福寺五重塔・一ノ鳥居・奈良国立博物館本館・東大寺南大門・中門・大仏殿・仏教美術資料センター・円窓亭・浮見堂と回る。
猿沢池は地域の人たちの夕涼みの場所らしくアベックも多数。奈良公園の中では鹿におびえつつ進んだ。
東大寺南大門は圧巻でした。有名な運慶の仁王像はきっと夜のほうがいいですよ。1人男性がビール片手に座り、阿形と対峙していました。そこがたぶんベストポジションなのでしょう。ジーっと対峙してました。居なくなったら、僕も対峙したかったのですが、なかなかどいてくれない。ちょっと離れたところで阿形を圧倒されながら眺め15分待ってだめだったので諦めて次へ。
と、そこで着信、例の友人から着信。明日の再会を約束を出来ました。つづく