2018年5月13日(日)、旧東海道歩き旅 その21
前夜は名古屋の駅の近くで気軽に一人で飲める店を探して、しばらくさまよった。世界の山ちゃんは激混みで時間が掛かりそうだし、もうあんまり歩きたくなかったので、一本入った路地の居酒屋に入った。何か名古屋っぽいものは無いかなとメニューを見ると、一応手羽先焼きと土手煮があったので、やきとん数本と共に頼んでビールで済ました。
明けて朝6時、何だか今にも雨が降り出しそうな曇天模様に少しがっかりしながらも、買っておいた菓子パンを流し込み、7時には宿を出て最寄の「米野駅」へ。
近鉄名古屋駅から三重方面に向かう一つ目の駅が「米野駅」は、無くてもいいんじゃないのって雰囲気の無人駅。線路を越えた反対側には大きなショッピングモールかなんかが見えるけど線路を渡る踏切が見当たらない。陸橋らしきものは遠くにある。近隣の人たちと整備場の人たちのためだけにある駅のようだ。
7:16米野→7:49桑名 駅の階段を下りたら降りだした。階段の下の雨をしのげるところで、手にしていたトレッキングポールを柱に立てかけて、雨合羽をリュックから取り出しすっぽりとかぶる。少しストレッチっぽいことをして、七里の渡しの跡を目指し移動をはじめる。
現東海道はこの辺りで日本橋から382km。桑名といえばハマグリ、朝のこの時間にお店があいているわけも無い。シャッターに書いてある営業時間を睨みつつ・・・ところで喫煙所が無いぞ。悔しいのでシャッターの閉まったお店の横の駐車場で1本吸った。通りを歩いているとご当地マンホールがあった。
「渡し船」の様子が描かれている。他にもハマグリのキャラクターのものもあった。
1本道を間違えたのか、大きな川の岸に出た。電車からも見えた何だかおかしな建造物が見える。
何だろう??と思って近くを歩いていたおじさんに聞いてみたら、「長良川河口堰」だよ、と教えてくれた。更に「今は何の利用価値も無い、維持費ばっかりかさむ悪名高き河口堰、あのおかしな形は水玉を表してるそうだよ」と詳しい説明が始まった。しばらく話を聞いていたら、「もうすぐバスが来るから、東海道をガイドしなきゃいけないから」と渡し跡の方へ立ち去った。観光ガイドさんだったのか、道理で詳しい話をしてくれるわけだ。住吉社を参って自分も渡し跡に向かう。
七里の渡し跡は一部だけ昔の石垣などが残っているが、そこにあった建物などは幕末の動乱や、戦争で無くなったそうでよく分からない遺構だった。兎に角も大きな鳥居をくぐり 8:30歩きスタート。
少し行くと青銅の鳥居のある春日神社。確かに青銅で作られた赤くない鳥居は珍しいのかも知れない。脇にある「しるべ石」は当時の尋ね人掲示板のようだ。
桑名城跡は石積みがよく残っているけれども、天守(城郭)跡は町工場が建っている。不思議な風景。
お堀の水に雨の波紋がはっきりと見えるようになってきた。今日はどこまで行けるんだろう、と不安な気持ちが出てきた。「歴史を語る公園」沿いに歩き、突き当りを右へ曲がり大きな道路を渡り、1本先を左に折れる。
鍛冶町のあたりで20人くらいのガイドさんに引きつれられた集団とすれ違う。すれ違いざまガイドさんが「元々の東海道はこっちをぐっるっと遠回りするように通っていました」といっていた。そうなのか、幾つものガイドブックやらネット上でもそんな道は示されてなかったぞ。ガイドさんの行った通りにちょっとだけぐるっと遠回りする。
更に雨が強くなってきた。自販機でコーヒーを買い一服。雨で煙草の火がつけにくくなっていた。
日進小学校前で右に折れ、西に向かう。途中、天武天皇社を右手に見て、現東海道を横断し、まっすぐ行くと突き当たりの角に立場跡。左に折れて南に進む。雨が更に強くなってきた。
日立の工場の隣で、試掘らしきトレンチを発見!!古い溝の様子がよく分かる。雨天で作業はやっていないので、何の調査なのか分からなかったけど、この地域の土の状況が少しだけでも見れたのはうれしかった。
10分くらい溝を眺めたのち歩き出すと、右に常夜灯、前方に小さな公園と川。昔はここに渡しがあったのだろうか。町屋橋に周り川を渡って少し右の旧道に戻る。
縄生の一里塚跡を過ぎ、近鉄線伊勢朝日駅を越え、東芝の大きな工場を過ぎる。
雨合羽に打ち付ける雨の音だけが聞こえる音。何か見つけてもカメラを雨合羽の中から出して撮影するのが段々面倒になってきた。いくらか古い町並みが残っているようだけど、メガネにも雨粒がいっぱいでよく見えない。うなだれ視線は足元にばかりいってしまう。
しばらく進んで、一度左へ右へと道がうねった先に畷道、両側に桜の木が植わっている。春先ならキレイなんだろうなぁと思いながら進む。
再び川を越えて進むと、工事現場の交通誘導をしているオジサンが、ずぶぬれで立っていた。ご苦労様です。頑張ってください。
車が通るたびに水をはねて行きやがる。
JR関西線の踏切を越えると街中な雰囲気になった、地図をみて曲がり角を確認しつつ進むと、大きなマンションやらが久しぶりにある。こうやって古いものは消えていくのだなと思いながら高架下をくぐると「富田の一里塚跡」、小さな橋にも「一里塚」とある。
国道と合流。道沿いのラーメン屋で昼食。12:50
一息ついて歩き出すとすぐ海蔵川の橋の袂に三ツ谷の一里塚跡。
橋を渡ると四日市市街だ。
旧道を進むとまた川があって、川岸の堤防に浮世絵のタイル絵があった。
四日市の街中を曲がりながら進むと、アーケードに入った。旧東海道が商店街になっている。
雨が降り続く中、ただひたすらに歩いて酒屋の軒で一休みすると、向かいに日永の一里塚跡の石柱あり。一休みしなきゃ絶対に気付かなかった。
ここで気がついた。トレッキング・ポールを持ってない。桑名駅で雨合羽出したときに、立てかけたままだ。もはや取りに戻るなんてできないや。
国道に合流してちょっと行くと、日永の追分。
右の東海道を進み、あすなろう鉄道の踏切を越え、左折して旧道を進み、内部駅の辺りに辿り着いた。もう土砂降りだし、帰りの新幹線の時間もあるのでここまで。