同居の愚痴をぶちまけつつ
桃太郎の修行を重ねる
『てち』と申します。
よろしくお願いします。
鬼ヶ島初上陸の方は
ここでは基本的には
鬼姑の日常を綴っています。
宇宙人の生態記録です。
それと未来の自分が
宇宙人にならないようにね(笑)
また、ママ友との確執を記録した
PTAシリーズもあります。
ときどき、宇宙人鬼姑が
おかしな実験を繰り広げるので
その観察記録も綴っています。
宇宙食シリーズとして大人気です😆
半分謎解きみたいに
なってますけど(笑)
宇宙食専用のInstagramも
始めました。
techi459
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※ブログのコメントは承認制にしております。
すぐには反映されませんので、
ご了承ください。
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こんばんは😃🌃
「てち」です。
文字を大きくしてみました。
読みやすいようでしたら
このサイズにしていきたいと
思います。
この方が見やすいのか
かえって見にくいのか
よければ教えて下さい♥️
最近は、存在感のない
逃舅の特集をしております🤣
鬼姑も
大概クソ
ですけど、
逃舅も、結構なクソ
です。
逃舅は店をたたむ少し前から
なぜだか洗濯も
家でしなくなりました。
自分の下着や衣類を
持っていって、
畑においてある洗濯機で
洗っているようです。
なんでやねん。
ほんと、
やってることが
よくわかりません。
そんな逃舅が、
まだ洗濯を私にさせていた頃
のお話しでございます。
というより、
鬼姑が、洗濯はわたしがやるわ❗
と、
めちゃくちゃな干し方で
取り込んだまま
マッサージチェアに
山積みにされていた時代のことです。
今から15年くらい前かな。
実は私、
20年ほど前に
ひょんなことから
子宮ガンが見つかり
手術をしたのです。
子宮を全摘出しました。
もう子供を
産むつもりもなかったし、
5年生存率を高くするために
摘出を決めました。
この話の頃は
まだ術後の経過観察で
病院にも定期的に
通っている頃でした。
手術後は、
何度か卵巣が腫れたり
傷跡で下腹が痛くなったりと
子育て真っ最中の私には
なかなかしんどい日々でした。
そんな頃、
洗濯物がたまっていたことが
気に入らなかった逃舅に
こう言われたのです。
この家は主婦が2人もおるのに
洗濯もできんのか。
あーそうか、
そういえば、
もう女じゃ
なくなったんだったな。
そしたらできんか!
しょうがないな!
私は耳を疑いました。
女じゃなくなった??
その時はだまって
何も言い返していません。
とりあえず、
たまっていた洗濯物を
洗濯機に入れてスイッチをいれました。
そして、
うつむいたまま、
(くそ~😣くそ~😣)
と思っていました。
(この恨み、一生忘れない)
と、思ったことも
はっきりと覚えています。
どうして私が
逃舅に傷つけられなくちゃいけない??
子宮を摘出したら女じゃないんですか?
女だから洗濯するんですか?
嫁には何を言ってもいいんですか?
その価値観が
そもそも腐ってる。
鬼姑は毎日小爆弾を
ちょいちょい落としてきますけど、
逃舅の落とす爆弾は
巨大爆弾のようなもの。
取り返しのつかない傷を
私に残します。
その台詞を言うとき、
逃舅、笑ってたんですよ。
笑いながら
女じゃなくなったもんなぁ
って、
言いやがったんです。
バカにしてますよね。
絶対に許せないと思いました。
心に誓いましたね。
きっと冗談だって
言うでしょうね。
冗談なら、
人を傷つけることを
平気で言って
いいんですか??
冗談にも、程がある。
自分の娘が、婚家の舅から
同じことを言われても、
あははって、
笑えるのでしょうか。
そんな想像すらできずに
平気で嫁を傷つける
その無神経さにヘドが出ます。
いくら、今になって
発言が控えめになっても
養ってくれないかと言ったときの
私の反応に驚いたのか
誘わない限り食事は家で
一切食べませんけど、
トイレにはいって
風呂にはいって
私の買ったベッドで寝てるかぎり
あんた、わたしらの世話に
なってるんだからね。
今さらそんなことしてたって、
あんたのしてきたことや
言ったことは
帳消しにはならない。
だいたい、
失言や嫌がらせの態度を
1度も謝られたことがない❗
ほんとうに、
旦那には悪いんだけど、
鬼姑も逃舅も
知性や教養がない。
自尊感情だけ
無駄に高くて
平気で人を傷つける。
これだけのことをしておいて
嫁が
「感謝してますぅ」
なんて言いながら
自分達の老後の世話すると
思ってるなら
相当頭悪いわ┐(´∀`)┌
わたしだって親がいる。
できることなら
そっちの力になりたい。
親の面倒は
実子がみればいい。
それができないなら
制度や施設を利用するべきだ。
先日、90過ぎた伯父が
入院したと知らせが来た。
たぶん長くないと。
老夫婦で暮らしていた家は
テレビのようなゴミ屋敷。
お金の管理も
健康の管理も
家の管理も
何もできなくなっていた。
従兄弟が懸命に動いているのを見て、
長生きって、まわりに迷惑をかけるなぁと
しみじみ感じた。
こうなったときに、
しょうがない、
仕方ない、
やれることをしてあげようと、
私は息子に
思ってもらえるのだろうか。
自分の老後のこと、
真剣に考えていかないと
いけないなと思いました。
その話を聞いていて
まちがっても、私は
鬼姑や逃舅のようには
ならないでおこうと
思ったのでした。
こういうの、いいかも
言われないようにしないとね