寂しいという感情は誰でも奥底に持っていて、
寂しいという感情は様々な問題に感じる現実の根源でもある気がした。
私は離婚するのが怖かったのも、
親権を手放すのに抵抗があったのも、
彼と離れられないジレンマがあったのも、
全部自分の孤独や寂しさを埋める事を目的に執着してしまっていたんだなって思った。
何かや誰かへの執着って...
自分を満たしたい寂しさの欲求でもあって...
寂しさが全部の引き金になってる。
埋められない自分の寂しさは、
自分への信頼や自信の無さの現れであったり...
それは外側では埋める事もできず、
自分を受け入れることの難しさも、
自分を愛する難しさも、
自分の心の寂しさが問題だと思った。
今年は、
本当に沢山のものを手放す一年でした。
自ら手放す事もあったけど、
強制的に手放さなきゃいけない事もあって、
特に愛犬の突然の死はどうしても喪失感や寂しい感情のコントロールができなくて...
とにかく、
色んな事が必死過ぎて心が追いついてこなくて、
言ってしまえば、
早々に立ち直れる訳のない程のスランプでした。
そんな、
自分の力ではどうしようもない、
仕方のない一年だったと思う。
正直今は、
寂しいという感情を
横に置く事も、
忘れる事も、
今は無理なんだと諦めました。
もがくよりも、
時間をかけて癒すしかないと諦めた。
何かを始めようとしても、
何かを頑張ろうとしても、
本当に無理をしないと進めなくて、
何をしてもうまくいかない。
そんな苦しい一年だった。
今年も終わりがようやく見えてきて、
頑張っても無理。
ジタバタしても無理。
やる気を出そうとしても無理。
それを認めた。
誰よりも何よりも側に居てくれた大好きな愛犬が突然いなくなってしまって、
同時に家族という寂しさを埋める手段さえも手放して、
私の心はかつてないくらい傷ついていて、
寂しくて...
どうしようもないんだな。
家族を手放しても息子といつでも会える状況で一人きりでもなくて大切に思ってくれる人もいて...
私は不幸ではないのに寂しいという感情で目の前の幸せや豊かさまで忘れそうになってしまう。
寂しいを無理やり忘れようとすると外側で埋めたくなって自分とズレた行動してしまったり...
不要に寄りかかりたくなってしまったり...
本当にヤケクソになってしまうもの。
寂しい時こそ、
寂しいという自分をいつも以上に大切にしてあげないといけない時期なんだなと思いました。
寂しい寂しい寂しい。。。。
うーちゃんがいなくて寂しい。
もうね、
こればかりはしょうがないんだな![]()
時間も必要だし、
頑張って立ち直るのは、
到底無理なんだって。
今はただ、
寂しいを受け止める。
きっとこの寂しさから抜ける時はとても身軽になっているはずだから。
まあ、
しょうがない。
そう思ってこの一年乗り切ろうと思います![]()