ITコーディネータという資格があるが、情報処理試験のような「取れば一生失効しない」ものではなく、実務や研修等でポイントを取得していかなければならない。
これが結構大変で、組織に所属しているならともかくも、フリーランスで客先常駐とかだとなかなかポイント稼ぎが厳しい。
過去には「ポイント不足者のための試験」といって、ITコーディネータと同じ?試験で一定の得点を得れば30ポイント付与、というものでポイントをつないだりもしたが、結局失効していた。

ITコーディネータ協会主催で、資格失効者のための復帰研修というものがあったので参加した。会場もITコーディネータ協会内であった。昔は港区の大門あたりにあったのだが、今は巣鴨と駒込の間くらいの、IPAと同じ建物にある。

「ITコーディネータの範囲が広がっていること」。過去、省庁の入札には情報処理技術者かPMPくらいは要件としてあったが、ITコーディネータがなかった。それが最近はITコーディネータも含まれるようになってきていること。

さて、研修の内容だが、結構よかった。BABOKに当たる部分になるのかな?そういった部分も学べた。


そんなこんなで、ITコーディネータに復帰である。いつからだっけ?まあ、4月くらいですかね。
Flex 悪戦苦闘中。

ただ、かなり力はついてきたように思う。
例えば
 ・DataGridのDataProvider に JSON を放り込む
など、サイトを探しても出てこないようなものも実装したり。

今日も地道に頑張る。
昔、そう、もう10年くらい前になるか?あるフリーランスのエージェントで「ブリッジSEとは」という説明会と、その後に面接がある、ということで行ったことがある。

説明会は盛況で、かなりの数の人が来ていた。中国に何度か言ったことのある経験からすると、向こうの生活水準からして月の単価はかなり高額かなとは思ったが、日本円で考えると「安すぎる」と感じるものではあった。
説明会後、私自身は帰ろうかどうか迷ったが、グズグスしているうちに帰る機会を逸し、面接に臨むことになった。

金額のことがあるので、案の定、あとの面接に残ったのは数名であった。

面接は私が最後であった。私は「面接受けがとてもいい」ので、私の面接の途中で先方が「この人でいいんじゃないか?」と言い出す始末。現地の中国人責任者も気に入ってくれたりもした。


が、結局は断ることにした。理由はただひとつ。その面接の中で日本人で日本に常駐しない立場の人が言った一言だ。
「いっそのこと中国に骨をうずめるつもりでいってみたら」という一言。

本人にとっては何気ない一言だったのだろう。

私一人ならいざ知らず、言語も文化も違うところに家族を連れて行く、というのはそんなに簡単に決められるものではない。こちらの家族の人生を考えれば、そんな軽々しく言える言葉ではないのではないか。この人は私の人生をまじめに考えず、「便利な駒」とか「儲かる金づる」としか見ていないんだろうな、と感じてしまった。

その言葉さえなければ、もしかすると今でも中国にいたのかもしれないなと思う。