プロジェクトマネジメントの体系として、このところPMBOKを用いるところが多くなってきた。これは資格試験PMPの普及が後押ししているように思う。

なお、プロジェクトマネジメント体系はPMBOKが唯一無二のものではない。


それはともかくとして、PMBOKは次の9つの知識エリアがある。

統合マネジメント

スコープマネジメント

タイムマネジメント

コストマネジメント

品質マネジメント

人的資源マネジメント

コミュニケーションマネジメント

リスクマネジメント

調達マネジメント


ただ、これをこの通り覚えるの厄介である。


まずはQCDといわれる品質(Quality)、コスト(Cost)、タイム(=期限/納期 Delivery)を中心とする。これにスコープを加えると、どこか一つ変更になると他の要素が変更になる、という関連性ができる。一般的にはこの範囲のマネジメントが多いかもしれない。

更に、人材をどこから持ってきて、どう成長させるかで、人的資源調達が関わる。なお、調達は人のみならず物品も含む。

見落としがちではあるが、プロジェクトの成否を左右するのがリスクコミュニケーション、これらの要素を個別ではなく調整するための統合、というように広げていくと覚えやすいのではないかと思う。

よく手書きで説明するので、近いうちに図をアップできればと思う。


検索エンジンの百度をご存じだろうか?
「ひゃくど」「ひゃくしき」ではない。「バイドゥ」という、中国ではYahooやGoogleよりもメジャーな検索エンジンである。
http://www.baidu.jp/


ちょっとこだわると、北京語といわれる中国の普通語(まあ、日本では賛否両論あるでしょうが、標準語といわれるようなものだと思ってください)では濁る音がない。よって「バイドゥ」ではなく「パイトゥ」と表記の方がいいのではないかと思う。ちなみに pa も ba も同じ「パ」の発音だが、前者は有気音、後者は無気音である。tu と du も同じ関係である。

話が逸れた。このエンジン「天安門事件など排除している?」と思ったら、少なくとも日本向けではそういうことはなかった。では baidu.com では?天安門事件で調べた限りでは、中国語で書かれた1989年のモノは結構削除されてしまっているが、1976年のものはある。まあ、これは「全く引っかかってこない」訳ではない。次に、英語読み(発音記号のようなモノ、ピンインという)の tienanmen 1989 で調べると、おお、あるある。
Googleの中国版 谷歌 ではひっかからなかったという話が過去にあったが、それはもう今は昔なのだろうか?

まあ、認知度や利用者が低いけれどそういうフェアな検索エンジンでならということで、私も時々使っている。それにはこのブログが VBA というキーワードだけでも100件ちょっとの位置にある、ということもある。Googleでは以前100件以内にランクインしていたのだが、VBAというキーワードが多すぎてスパムと認識されたのかもしれない。

参考まで、このブログに到達する人で百度経由の人は皆無である・・。

Javaが台頭してきたころだろうか。雑誌に「COBOLは死語」的な内容が掲載されたことがあった。それによるとせいぜい年寄りがしがみついている言語らしいような論調であった。雑誌記事の影響か、HPにそういうことを書く人も散見された。

しかし、いくら新しい言語が台頭してきてもシステムを安定稼働させる側にとっては、COBOL新しい言語に切り替えるメリットがないなら導入するはずもない。金融系ではCOBOLのシステムが多いことを考えると、まだかなりCOBOLのシステムは残っているはずだ。そう反論すると「雑誌に書いてあったから」「みんながそう言っているから」という返答しか返ってこなかった。


実際、その後に「汎用機からオープン系へ」というシステム移行に携わったが、金融系としてはかなり先進的であったそうだし、やはりその記事以降、どこかで「業務で使っている言語」のアンケートの結果を見た覚えがあるが、COBOL比率は高かった。


先の情報は、おそらくオープン系にしか携わっていないか、自分の周りでCOBOLを見かけなかったからそう思いこんだのだろう。それがまことしやかに伝わってしまったようである。


プロジェクト内でも「声が大きい人の意見」の方が通りやすいことも多いが、本質を突いているのは多弁な人ではないこともよく見かける。規模は違えど同じようなことではある。

もしプロジェクト内の情報で仕事が滞ったり無駄になったりすることがあったとして、声の大きい人だけを責められるだろうか?意図的かどうかはあるが、疑問に思わない感覚は甘いと思うべきだろう。自分の感覚と合わない情報は排除してしまうのではなく、検証してみたり、とことん話し合ってみるくらいの姿勢は持ちたいものだ。


自分の知っている世界が世界のすべてではないのである。しかし、それだけで完結している人は、意外なほど多い。