近頃は学校でも「パソコン教室」なるものがあったりする。
ある市では、生徒なら参加できる掲示板を作ったそうだ。市内の小学校で、その市を上流域から下流域に流れていく河川の、生物や水の濁りを調べ、それぞれが掲示板に書いたそうだ。それにより、流域によって見られる生物が違う、ということがその市の小学生の「共有知」となったケースを聞いたことがある。これはかなり面白い例だろう。
他の例では、発表をプレゼンテーションソフトで行わせることにした。その中に動画やデジカメ画像、グラフ化するために表計算ソフト、など、基本的な使い方は教えて後は生徒に任せた例があった。事例を見ていると、結構面白い着想で機器やソフトを使っていた。

こういうやり方は生徒にも良い影響を与えたそうだ。

しかし、知る限りでは「年に1回か2回程度、無理矢理パソコンを使わせている」というケースもある。しかし、これは先生を責められない。何も方針が決められていないからだ。

そもそも「学校でどの程度、何を教えればいいのか」は難しい問題だし、成績を付けるのは困難を極めるのではないか?
基本的なハード/ソフトを使えるようにしたとしよう。どう成績に絶対評価をするなら、評価基準が必要であろう。なら、「成績を付けない科目」とすべきなのか?小学校くらいならいいかもしれないが、高校あたりになると「受験に必要のないモノ」という扱いを受けかねない。確か、情報は大学受験の科目にもなるような話を聞いた覚えがあるが・・。しかし教科書が結構いい加減なような話も聞く。


その昔「読み 書き そろばん」という時代もあった。これは基本的に必要な知識である。itの知識はどうなのか?確かにPCを導入していないような企業はほとんどないので、操作くらいはいいだろう。しかし、高校教科書には「HTML」などというものもあるらしい。私の頭がカタいだけかもしれないが、そこまで教えないといけない知識だろうか?
むしろ、基本的な使い方や安全に使うには、という知識の方が一般的には重要ではないのだろうか?

あるべき姿、は、もっとこれからも練りあげられて欲しいと思う。




なんとなく、感じていること。
プロジェクトなり、会社なりに「俺がシロといえばクロでもシロ」)というような、間違ったことでも下のものが言うことを聞かないといけないような絶対権力者(こういうのを、センセイ、と呼ぶことにする)がいるところがある。

こういうところでは、センセイが「絶対に悪くない/原因は他にある」ということで、スケープゴートが作られることがままあるようだ。
こういうところで働いている人は、仕事に対する意欲と思考が殺がれている傾向にあるようで、結構、そういうのでストレスをためる人はいるらしい。
結果、仕事が円滑に動いているところって聞いたことがないのだが、「センセイが集団の力を殺している」のではないかと感じている。


子供向けかと思って見てたら、結構面白いな、と思ったのが「ロボつく」である。
http://www.tv-tokyo.co.jp/robo/

先日、糸電話ならぬ光電話を実験していたのだが、そんなことできるんだ、と驚いた。
インターネットサイトでは紹介されていないので、覚えている限りで書くと
・用意するもの
 紙コップ2つ/いらないCD/太陽電池(いらないソーラー電卓をばらして利用)/ラジカセに接続できるプラグ(イヤホンをばらして利用)

・作り方(送信機)
 CDを紙コップの裏に貼れるサイズに切り、反射する方を表にして貼る。
・作り方(受信機)
 紙コップの底に太陽電池を配置する。内側の円筒部に黒い紙を貼り、反射を防いでいた気もする・・。太陽電池の両極にラジカセに接続できるプラグをつなぎ、ラジカセのマイクジャックに接続する。

・実験方法
 ラジカセをON。送信機のコップの裏のCDに反射させた光を、受信機の太陽電池に当てる。で、送信機側では糸電話の容量で喋ると、なんとラジカセから喋った言葉が!

糸電話だと糸が振動を伝える、という原理だが、これは光に振動が載る、という実験だそうだ。

子供を理科好きにするにも面白いかと思うが、理科に興味のある大人が見ても楽しめた。