昨夜、娘と年賀状をポストに入れがてらコンビニに立ち寄った。
「おでんのたまご 2つ下さい」
2つだけですか?

良いように解釈すると、数量を確認するための言葉だったんだろう。

しかし、こういう場合に「だけ」と使われると「もっと買えよ」という気持ちが出てきてるように感じられる。
おでんを持ち帰る容器のコストを考えると、一度にたくさん売れた方が利益率は高くなるので、気持ちは分かる。
しかし、一個でも購入できる方法を採り、個別かトータルか分からないが採算が取れる値段を決定している訳だから、そういう気持ちを客にぶつけちゃあまずいんじゃないか?と思った。人によっては険悪になりかねない。

そういう話を娘にしながら帰ることが出来たので、良い教材にはなった。
一年の計は元旦にあり

こういわれるが、年末に振り返って「よっしゃ、計画通りかそれ以上」という方はどの位いらっしゃるだろうか?
おそらく、当初の計画を達成できたか否かは、人に依存する。では、達成できない人はどうすれば達成できるのか?

おそらく、達成できない人は、
・計画を達成するための具体的な実行手段が曖昧である
・計画を達成するための努力をしていない
・計画を達成するための実行手段の達成度を確認していない
といったところに思い当たるフシはないだろうか?

おそらく多いのは3つ目に挙げた「達成度を確認していない」ではないだろうか?
ちりも積もれば山と言うし、千里の道も一歩からとも言う。しかし、ちりを積もらせることをしないと山には近づかないし、進まなければ決して千里には届かない。
だが、こういう「是か非か」というものだけで判断するのは、この場合よくない。いつまでにどのくらいの山を積み上げる、いつまでに千里を達成する、といった「時間という概念が必要になってくる。それが決まれば、小目標に落とし込み、チェックするとよい。年間700記事を書こうとするなら、およそ1日に2記事程度を書く必要がある、というように自分が捉えやすいレベルまで目標を落とし込み、それを決めた期間、おそらくは少し頑張ればリカバリできる期間でチェックするとよいだろう。

中には「年一回の国家試験の合格」というもので、本番の一発勝負で失敗してしまう、ということもあるかもしれないが、積み上げた努力はムダにはならないはずである。

というように、私も今年の計を全うできるようにしてみたいと考えている。
調子を崩して、半分寝込むような感じのここ数日である。

さて、今年の反省点を挙げ、来年に繋げたいと考える。

・健康に今一度気を付ける

子供が学校やら幼稚園で貰ってくるものがあるが、それも全員が感染する訳ではない。病気に負けない体作りや、十分な予防を心掛けることで可能なはずである。

・時間を守る

Frameworkに関して、まず日にちを決めたらそれを遵守する、ということが必要であっただろう。同様に年賀状もずるずると先のばしにして、まだ作成できていない。こういうものも「納期」であると意識し動くようにしたいと考える。

・分かりやすいメッセージを発信する

これはブログ。もっと読み手が理解しやすい表現等を使うように心掛けたい。


調子悪い・・。これぐらいで。