午後2時。
ランチタイムの喧騒もひと段落し、イタリアンバル「Luce」は再び静けさを取り戻していた。
店内にはかすかにジャズが流れ、オリーブオイルと焼きチーズの香りがまだほんのり漂っている。

 

カウンター奥、店長のAはクロスでグラスを磨きながら、ちらりと入口の方を見やった。
扉のベルが鳴り、見慣れた男が入ってくる。開業している建築士、Cだ。
白いシャツの袖をまくり上げた姿はどこか涼しげで、それでいて背中に疲労の影を宿していた。

 

「よう、Cさん。今日も“昼呑み”ですか」

 

Aの軽口に、Cは静かに笑う。

 

「まあね。現場が止まったから、空いた時間で贅沢ってやつ」

 

彼はいつもの席に腰を下ろし、ランブルスコを注文した。
微発泡の赤が注がれるグラスに、昼下がりの陽が反射して、まるで宝石のように輝いた。

 

バーカウンターの中では、若い女性スタッフ・Bがピザ窯を覗きながら、ちらちらとCに視線を送っている。

 

「Cさんて……お金持ちなんですか?」

 

小声でBが呟くと、Aは笑いもせずに言った。

 

「昼間から呑んでるんだから金持ちなんだろう」

 

それが冗談か、皮肉か、あるいはちょっとした嫉妬なのか――Bにはまだわからない。
ただ、カウンターの向こうで静かにグラスを傾けるCの横顔が、なぜかとても落ち着いて見えた。

つづく