会社の先輩がすい臓がんで亡くなり、有志で会が開かれました。ゴルフ、ワイン、映画に小説、乗馬に旅行と多趣味で交遊も多かった先輩。ご近所で行きつけだったというワインショップの方がお好きだったワインをご紹介いただきました。
美人後輩、先輩と。
ちょうど77歳のお誕生日に近かったということで喜寿のお祝いもみんなでしました。
最後はみんなで写真。どのスピーチも人柄がしのばれる素晴らしいスピーチでした。
お土産にCAVAと背の高いワイングラス。家でも献杯。
先日友人の娘さんのピアノコンサートに行ってた時に恐ろしいことが起こっていた、とちょっと書きましたが、その恐ろしいこととは、せっかく取った歌舞伎のチケット、しかも素晴らしい席を知人にお願いして取ってもらっていたのに!!!全く日程を誤解してて!!!一緒に行くはずだった友人から何度もLINEでメッセージや電話が入っていたにも関わらず(コンサート中なので完全に切ってた。。。)行けなかったのです。。
まるでそれを予測していたかのように、たまたま友人にチケットの写真を送ってて、友人はお忘れチケットで入れたという。。。これって、運命??
で、ショックから開けた時に、やっぱり今回の寺子屋を見ない選択肢はないでしょう、ということで、頑張ってもう一度チケット取り直してリベンジしてきました。。
松竹座の歴史が飾られています。
松竹座、立派でした。
寺子屋。どう考えても現代の感覚では理解しがたい話ですが、国宝仁左衛門さんの松王丸、本当に素晴らしかったです。オペラグラスでがんみしたのですが、本当に涙を流されてて、厳しい松王丸が首実検で表情を変えるところ。最後に告白するところなど、引き込まれる演技。どうしても母親目線で見てしまう私としては、孝太郎さんの千代役にも引き込まれました。
幕間。お弁当食べる。
次の演目は五條橋。獅童さんの弁慶、寺子屋で小太郎をやっていた獅童さんの息子、陽喜くんの牛若丸。陽喜くんの可愛い演技にみんな大喝采。最後陽喜くんが引っ込んだ後の弁慶のホッとした演技にも大喝采。楽しい演目でした。
幕間。ビール飲む。
最後の演目は心中天の網島の河庄。私、この演目は初めて観ました。坂田藤十郎七回忌追善狂言だそうです。ということで、藤十郎さんの息子の鴈治郎さんが治兵衛。弟の扇雀さんが小春。さらに、私が見たのはAプロですが、Bプロだと扇雀さんが治兵衛。壱太郎(鴈治郎の息子)が小春。(虎之介さんが扇雀さんの息子なのも初めて知った)松竹座のまさに近所竹本座で最初にかかった演目というのにもご縁を感じます。皆さん、素晴らしい演技の中で私が特に惹かれたのは孫左衛門役の中村歌六さん。大熱演でした。
この立派な松竹座がなくなるとは。。
寺子屋、五條橋
河庄
また大阪の土地にも芝居小屋できるそうで、楽しみです!
前回の鎌倉編に引き続き、今回は東京での見仏会。会にふさわしい九品仏駅で待ち合わせ。まずは浄真寺を目指します。
徳川幕府が浄土宗だったことからも、東京には浄土宗のお寺が多いそう。こんなに立派なお寺が世田谷区にあるんだ、とびっくり。昔のお寺はお城の跡などに立つことが多く(ここも元奥沢城)元の敷地に残っているそう。1678年に珂碩上人が開山。九躰の阿弥陀佛像と一躰の釈迦牟尼佛像を造立したことから、九躰の仏の寺九品仏、と呼ばれているそうです。
敷地がでかい!
参道を抜けるとお寺の門が。近所の方も自転車などでたくさん訪れておられるようでした。
見事な青葉のトンネルを抜けていきます。秋も見事だろうなあ。
まずは閻魔堂があります。三途の川を模した橋を渡り、なんとちょっと写真では隠れてますが、階段の手すりはしゃくを模しているという凝りよう。
正面に閻魔様。なんとお賽銭を投げ入れると、声が聞けるという。。
向かって左に奪衣婆(だつえば)右に懸衣翁がいました。
極楽と地獄の絵が。
閻魔様のお向かいは六地蔵。
ここから山門の仁王門を抜けて行きます。
仁王様。その下には、4年に一度行われるというおめんかぶりの紹介が。今度は2028年5月5日だそう。
立派な仁王様です
さらに奥に進み
お庭も有名だそうで、都の天然記念物のカヤとイチョウがありました。
八重桜もきれいに咲いてました
仏様の足跡?
こちらが本堂。本堂の両側に鷺姫伝説で鷺がいます
絵馬をかけれるようになっていました
そしてこちらが九品仏。真ん中が上品(言葉の上品もここから来ているそうです)
中には金色、青い髪のお釈迦様が。
中品。手が全部違うのです
九仏全部違うというのがすごい。こちらが手の解説。
順番に今修理中。後ろの小さな仏様も一つ一つ青い頭がついてます。
そしてこの鐘楼も江戸時代の彫刻のこれでもか、これでもかの技巧が。
十二支と、端っこの龍がすごい。戌、鶏、猿
辰、卯、寅
駅の名前にもなってる不動尊を横目に。こちらは御開帳があまりないらしい。
ちょっと時間が余っていたので蛸薬師さんへ。蛸の神様ではなく、蛸に乗って神様が現れた伝説のお寺。
蛸の絵馬がありました。
まずはらかん茶屋で腹ごしらえ。アジフライ。おいしかったです!
目黒の羅漢さんとして有名なお寺だそう
もともとは江東区大島にあったそうですが、明治の廃仏毀釈で没落したのち、1981年こちらに近代的な建築で建てられたのだそう。
お寺の名前にもなっている五百羅漢像は、元禄時代に松雲元慶禅師が、江戸の町を托鉢して集めた浄財をもとに、十数年
の歳月をかけて彫りあげたものなのだそうです。半分は本堂に、入らない残り半分の146体の羅漢像は羅漢堂に収められています。
同じ人が一人で作ったのだそうですが、一体一体顔もポーズも違っていて、羅漢堂の方の展示ではそれぞれの名前や意味合いも説明されていて、単に500体を堀ったのではなく、明確な意図とともに一体一体が彫られていることがわかります。らかんとは実在してお釈迦様の最期に集まった五百人の弟子なのだそう。日本三大五百羅漢と言われているのは徳蔵寺(栃木県足利市)、喜多院(埼玉県川越市)、建長寺(神奈川県鎌倉市)、羅漢寺(大分県中津市)なのだそうですが、目黒の羅漢さんもすごい迫力でした。浄財を一人で集め、像も一人で彫る。。ちょっと狂気じみたものも感じます。松雪は大分の羅漢像を見て感銘を受けて彫り出したのだそう。
境内には羅漢寺の尼僧お鯉観音や高濱虚子の句碑もありました。羅漢寺に向かう途中の道に作られていた松雲元慶禅師の像
ここから目黒に向かって歩きます。目黒川沿いの桜はすっかり緑になっていました。
今回は「大江戸今昔巡り」というアプリで位置を確認しながらの探索。江戸時代の地図だと縮尺がちゃんとしているので、今の地図と完全に重ねて確認することができるのです。すごい!この太鼓橋もちゃんと載ってました。
こちらです
アプリの中に浮世絵などの情報も載ってます。優れもの。昔は本当に太鼓の形の橋だったんですね。
ちなみに世田谷やこの目黒のあたりまで結構な田んぼですが、私が住んでいる御徒町はほぼお屋敷で、家が立て込んでいたまさにお江戸だったのがよくわかります。京都や奈良だと地図が何パターンもあるのと、縮尺があっていない地図も多く、このアプリのようなことは難しいのだそう。
雅叙園通りました。
雅叙園の横の行人坂を上ると大圓寺があります。なんとこのお寺、八百屋お七のもとになっている「行人坂火事」の火元なのだそう。なので、お七が祀られています。
こちらにも五百羅漢がありました。
大国さんが祀られてます
薬師如来は金箔が貼れるようになっていました。
そしていよいよ増上寺へ。もちろんアプリにも載ってます
東京タワーがきれいに見えます
プリンスタワーがきれいに見えるのですが実はこの下が元々は墓地だった。。
この辺りは芝公園なんですね
門だけが残っている秀忠の墓所への門
家光公建立の黒門
お寺越しにも東京タワーがきれいに見えます
増上寺本殿。昭和49年の再建だそう
お地蔵さんがたくさんいます
風車があったり、帽子をかぶっていたり。愛を感じる空間
そしてこちらが徳川家墓地の入り口
徳川家の墓所はまず家康の日光東照宮に続き、二代秀忠がこの像上に祀られています。先ほどの門も秀忠の墓所に本来入るはずだった門。ただし、戦後の土地払い下げで墓のあった土地がプリンスホテルの敷地になり、墓を整理して骨を調べて(この本が『骨は語る徳川将軍・大名家の人々』という本になっています。
今のお墓への門はこの銅門。登り龍と下り龍がいます。
ガイドさんによると、登り龍に願をかける人が多いのだけれど、登り龍はまだ天を目指して登っているところで、下り龍こそがすでに天で玉を手に入れて手に持っているので(ドラゴンボール!)こちらの方が強いと。この門、表にも裏にも登り龍、下り龍がいますが、本当にどちらも下り龍は玉を持ってました!
お墓の向こうにきれいに東京タワーが立っています。この東京タワーが立ったのが1958年。ALWAYS三丁目の夕日のころ。ちょうどそのころ、戦災で廃墟になっていた増上寺の徳川家の墓を、土地を購入したプリンスホテルの建築のためにこちらに移転することになったのだそう。『骨は語る』を書かれた東京大学人類学教授の鈴木尚教授が、増上寺檀家総代であり、人類学のよき理解者であった故渋沢敬三氏(渋沢栄一氏の孫)に増上寺との仲介をお願いして遺体を含むお墓の総合的学術調査が行われることになったのだそう。
ラッキーなことに14:30本日ラストのガイドさんの説明を聞くことができました。今は宝塔が全部で8つ並んでいます。
徳川家のお墓は家康が久能山から東照宮へ、2代目の秀忠は実は増上寺の大きな土地に木製で立っていたのが1945年の大空襲で焼失。なんとこれが台徳院霊廟のミニチュアとして、ロンドンで行われた日栄博覧会のために東京美術学校(現東京芸術大学)が行い、古宇田実教授(建築)、高村光雲教授(彫刻)両名の監修のもと、明治末期の最高の技術をもって、忠実に再現されたものとして英国ロイヤルコレクションで現存しているのです!今は増上寺の宝物展示室で見ることができます。徳川墓地を見てからこちらを見たのでよりそのすごさがわかって堪能できました
この第二代の霊廟が木製、第三代の家光はおじいちゃんが大好きすぎて東照宮輪王寺。四代、五代は寛永寺。六代の家宣の宝塔までが豊かだった幕府の財政を反映して銅像。七代の家継以降は吉宗が倹約を言い渡し、それまでは門などもいちいち作っていたのをやめ、石塔になっています。ただ、十四代家茂の妻だった静寛院和宮の塔は明治時代に作られたということもあり皇族への畏敬の念を示して銅作りです。菊の御紋もついてます。
このお寺にも立派な鐘楼があります。
焼け残った数少ない惣門。芝公園に立ってます
立派な仁王像
三解脱門はただいま改修中。
ここから浜松町へとぷらぷら歩いていると大門に。駅名としてはよく知っていたけれど、本物を見るのは初めて。昔は雪がこんなに降っていたのか?
こちらが大門です
昔の様子も展示されています
まだ4時代ですが、明日も日光に向かうメンバーがいるので打ち上げスタート。3品の突き出しとお刺身
揚げたての天ぷら
茶わん蒸し
お肉
最後はアイナメがのったタケノコの土鍋ご飯。どれもおいしい!量が多すぎて、ご飯は頂いて帰りました
みんなでぱちり
お腹も満足。知識も景色も大満足!企画いただいたMさん、ありがとうございました!
韓国最終日は朝からランニング!ということで軽めの朝食
7時にホテルピックアップで南山へ。ランニングコースがあるからぜひ走ろう!と前々から誘ってもらっていたのです。山の中腹にランニングコースとバイクコースが(ブリック練習できるやん!)あって、車も通らず、いい感じのアップダウンがあり、木陰の下を走れる(そしてこの季節は桜)素晴らしいコースでした。
がんばるよ!
の後は、同僚の奥様が副院長を勤める美容クリニックへ!韓国美容クリニックデビューです。なんと今もっともホットなスポットと言わている聖水(Sungsu)にあります。お店のつくりもセレブな。。
Boireやってました。
カフェがたくさんあるので、おなかがすていた私もカフェへ。
オレオフラッペ頼みました。3700KRW
ここから金浦に移動していつものレストランでアサヒスーパードライとビビンバ
韓国旅行終わり。いろいろ堪能。