スヒョン Act.7
車が着くとわたしはお礼だけいって車を出た。焦らず、堂々と。すかさず運転席のドアの閉まる音がした。驚いてわたしは逃げようとしたのに、彼が先回りしてわたしを止めた。…送るだけじゃなかったの? 嘘つきな彼にどう反応するべきなのか揺れた。。
「これを」
と彼はフィルムケースを差し出した。なに? フィルム?指輪?それとも…
「指輪じゃない。中身はフィルムだ」
わたしの疑いに答えるように彼がいった。
「見せたい写真が入ってる」
見せたい写真? ふたりの写真?
「ごめん、持って帰って」
わたしは断った。でも彼は、悲しそうに向き合うわたしの手をとって、手のひらにそっとフィルムケースを握らせた。
「君だけが知らない君がいる」
わたしだけが知らないわたし? どういうこと?あなたが選ぶ言葉はあいかわらず独特で…。彼はそういうと駐車場の階段をあがっていった。あなたの背中を見るの、さみしそうでいや。エネルギーが消えたロボットみたい
しかたなくわたしはフィルムケースを持って部屋に向かった。エレベータのなかで何げにフィルムケースを振ると、確かに鈍い音。指輪じゃない。お父さんたちの餞別でもない。指輪…期待したの? スヒョン…。彼は、まだつけていた。ほんとうに嫌ならこんなに困ることはない。部屋に入ってほっとした。ここならもうジニョクさんは来ない。
好きな人に会うって、こんなにどきどきするってことを、久しぶりに思い出した。平気な顔をするのがつらかった。こころの奥底が叫んでいるわ。あなたの名前を。でもそれは許されない。こころのなかで人魚姫が王子の名を呼ぶわ。声が出ないのに。愛しているから。あなたが、別れないといったけど。わたしは、別れるけど、きっと一生愛するわ。だから、そっとしておいてほしい。思い出すことさえ許されなくなったら、悲しすぎるわ。
わたしたちのしあわせのために、お母さまやお父さまが、マスコミにさらされて、まるで拷問を受けるように。すべてを変えられる。あなたはその痛みを背負ってしまうわ。知られたくないことも、知らなくていいことも、もの珍しいデザートのようにすべてをテーブルの関心に変えられる。大切な人生を、他人のひまつぶしにさせられるの。あの平和で美しい家族の時間をわたしが壊すわけにはいかない。