1016日日曜日、コンサートの夜3

 

ぼくは泥棒にもなれるんじゃないかと思うくらいに、階段を降りて、裏口からするりと会館を抜けた。少し離れた場所からタクシーを捕まえた。

「チェ師範」

車に乗ろうと、安心したところで、キム7段に声をかけられた。まずい。

「あれ、対局これからですよね」

「うん、忘れ物をしてね。」

「ご自宅ですか?ぼくとってきましょうか」

(親切にありがとう。でも余計なことだ。)

「いや、大事なものだから。自分でいかないとだめなんだ。」

ぼくはタクシーに乗り行き先を告げた。気持ちははやるけど、信号は赤がつづく。2回続いて考える。このまま行くか? 道は渋滞。直線でもなかなか動かない。なら、走ったほうが可能性がある。

「ここで、降ります」

 タクシーを降りて、ぼくは走った。こんな全力疾走するの、何年ぶりだ。ばかみたいに、青春だな。後悔しないで生きることが青春…ってだれかいってた。ほんと、そうかもしれない。前にもこんなに一生懸命走った。ああ、足をけがしてたドクソンを、抱えて走ったときだ。あのときも、ぼくはがんばった。へとへとになったけど。ドクソンの重みが、しあわせだった。ぼくの腕のなかにすっぽり収まって。重かったけど、あのまま連れ去りたかった。