雑誌「科学」の2012年1月号に、「リスクの語られ方」という特集があり、様々な分野の先生の寄稿が乗っています。昨年の311以後の日本のリスクの語られ方に釈然としないのが大方の人々の印象だと思いますが、どこが問題なのか、何が要因としてそうなっているのかなど、日本社会の混乱の一端を垣間見ることができると思います。(これ読んで解決するわけではないですが。)

なかでも、吉川氏による「リスク・コミュニケーションのあり方」は、リスク・コミュニケーションの領域を概観できる良い内容だと思います。

Risk Communicationという用語は、1980年代から使われ始めた新しい言葉だそうで、National Research Councilの定義によると「個人、機関、集団間での情報や意見のやりとりの相互作用的過程」とのことで、一方的に情報を流すのではなく、相互作用が行われることがポイントだそうです。

リスク・コミュニケーションは、社会的論争(public debate)と個人的選択(personal choice)の二つがあり、前者は多くの人々の関心を喚起してその問題の解決しようとする場合で、後者はリスクに対する情報を得た上で個人がリスク回避行動を取るかどうかを判断する場合です。今回の震災・原発問題では、この後者の個人的選択に十分な情報が提供されていなかったと多くの人が感じるところでしょう。

情報の正確性に拘泥するあまり情報の提供が遅れたケース(SPEEDIなど)やリスク指摘情報をマスコミがデマと確定したケース(柏市周辺のホットスポット。後でデマではなく正しかったことが判明)などリスク・コミュニケーションでの問題ケースも多々言及されています。

これらは、専門家が正しいのであり、一般人は正しく理解する能力がなく、デマの拡散やパニックを誘発するという思い込み(欠如モデル deficit model)から行われてしまっている面が大きいようですが、専門家の失敗というのも世界的に見ても多々あるようです。

危機の時に専門家集団が愚かな意思決定をしてしまうことを集団浅慮(groupthink)と言うそうですが、それが起こりやすいのは以下のような状況の時だそうです。

・時間が限られている
・多数決が良いと無批判に信じられている
・決定のために必要な技術/知識が特殊である
・決定により影響を受ける関係者が不在である

集団浅慮の例として以下のような事例が挙げられています。

・1961年のケネディ大統領のキューバ侵攻失敗につながった大統領諮問委員会の決定。
・1986年のチャレンジャー事故。(O-ringによる事故の可能性が指摘されていたにも関わらず打ち上げを強行)
・非加熱製剤によるエイズ感染拡大(エイズ研究班による意思決定に拘泥した結果として)
・イギリスのBSE問題。1986年の問題発覚から1996年に人間への感染を認めるまで10年。この間イギリス政府は「リスクはあるとしても限りなくゼロに近い」と主張した科学者の意見に頼り、牛肉の安全キャンペーンを実施し、感染の拡大を招いた。イギリス政府のリスク・コミュニケーション上の最大の失敗といわれている。(今日本で行われている原発関連の話も似てませんか?)

これ以外にも、この科学1月号には、示唆に富んだ寄稿が沢山あります。

影浦氏は、専門化が陥るトートロジータイプの発言(今回の原子力問題を題材にして)を鋭く切り込んでいます。

竹内氏は、確率的リスク評価をどう考えるべきなのかを論じています。重大事故を期待値で論じても起こってしまったときには取り返しがつかないわけです。人命を金額に換算して賠償金の期待値が人命を守る安全対策費より安いというような論法は非難されるので、防災対策での確率の扱いは非常に難しい。

原田氏は、水俣病の事例で、魚介類の摂取が水俣病を発生させているところまでは分かっても、原因物質の特定ができないので、行政が魚介類摂取への対策をしなかったため、被害が拡大したということから、現場・弱者・被害者の立場に立った対策の重要さを指摘しています。

紹介はこの辺にしておきますが、災害時のリスク・コミュニケーションという観点で一読の価値がある特集だと思います。


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