あの日航ジャンボ機墜落から今年で25年が経ったとのこと。もう四半世紀も経過したかと思うと時の流れの速さを実感してしまう。あの事故で520人もの尊い命が失われた。毎年この日が来ると、犠牲者の方々へ哀悼の意を表するのみである。

実はあの日、私は大学生で、帰郷を終え、千歳から大阪へJAL機で戻ったのだが、直行便ではなく東京経由のルートというオプションがあった。なぜ、そういうオプションを検討することになったのかは、覚えていないが、かなり真剣にそれを検討していたのを思い出す。ただ、やっぱり、直行便にしようということになった。その時、その東京経由にしていたら、千歳→羽田の乗り継ぎの羽田→大阪の便がその御巣鷹の峰に墜落したJAL123便だったのである。

大阪空港に着いたら、いつもより警察官が大勢いて、物々しい雰囲気で、緊張感が張り詰めていたのを覚えている。その時は、飛行機が墜落したらしく連絡が取れないというようなことがTVから流れていた。

JAL123便がダッチロールを繰り返し、機長がなんとか体勢を維持しようと必死に苦闘していた同じ時間に、近くを飛んでいたということを考えると、JAL123便で命を落とした人達の無念さをこの時期になると思ってしまう。

この事故に限らず戦争など無念な終わり方をした人々のことを考えると、人生は無駄にできないと思うのである。