どんなに頑張っても

私にはなれないであろうと悟る。


彼氏なんていらねーや。

って思う。


結局の話

生産的行為の為の性別であるわけで

自分にはそこの部分を嫌悪する

特質があるのが否めない。

ちょっとの行為が嫌悪感をあおる。

自分は人との接触が苦手である。

女が女の顔をしているときも

男が男の顔をしている時も

気持ちが悪くて仕方がない。


生産性と云う行為を除けば

別に男女間で付き合う必要もないのである。

生産性を無意識か意識的かどちらにせよ

求める場合のみ

それらの関係性は最終的に必要とされる。


私がそれを不必要と思うのならば

必然的に彼氏なんてものはできないであろう。



悟りましたー。




自分に降りかかるすべてのことが

自分が起こした行為の結末だとしたら

自分はどれだけの悪行を働き

誰かを傷つけてきたのだろう。


それはきっととても大きなもので

それはきっととても痛いものだったんだろう。


今の結果はそれになるのだろう。



さかのぼってみても

一度も平たんな道なんて歩いたことがない。

というか人類誰もが

平坦な道などないのかもしれない。



挫折や方向転換したり

痛んだり悩んだり

笑ったり苦しんだり

直線なんてないのかもしれない。



それでも笑って毎日を過ごせる人は

素晴らしいと思う。

笑うと免疫が上がるらしいし。

女の子は笑ってなんぼらしいし。

私は自分の笑顔嫌いだけどww



いつになったら胃はお利口になるのやら。

体重減るのは嬉しいことですが

それは筋肉が減ってるだけで

体脂肪は減ってませんから。

誰に会っても一言めが痩せたね。であっても

苦笑いしか出来ませんから!!!!

不健康極まりないですから!!!!



なんなのさーもー

私の精神プレパラート並みの薄さなのか

なんなのか、ばか!





昨日一人の少年が

世界の切符を捨てた。

永遠行きの切符。

僕らは毎日が当り前だと勘違いしている。

起こることすべてが当たり前だと勘違いしている。

それは間違いだ。

永遠行きの切符は

簡単に無くなってしまう。

人生と云う列車の中で

出会う人は皆乗客だ。

途中下車する人もいれば

共に歩む人もいる。

席は違えど、同じ列車の中で

呼吸している。

それが、当り前じゃないことを

改めて私は実感した。

辛いこと苦しいこと逃げ出したいこと

世の中にはごまんとあって

私はそれに直面するたび

文字にしたり友だちに話したり

そうやって回避し続けている。

それは聞いてくれる友達がいるから

それは安心し信頼できる友だちがいるからだって。



そう思ったらありがとって伝えたくなった。

どうしても言葉にしなくちゃいけない気がして。



少年は列車を降りて

何処へ行くのだろうか。

もしかしたら銀河をかける星になるのかもしれない。

けれど、本当のことなんて誰もわからない。



彼の列車に乗っていた人たちは

心を痛めている。

それがわかるから、何も出来ない自分が

歯がゆく思えた。



まだ、永遠行きの切符を

手放さないように。

私は見えないそれを強く握りしめた。