古典
井上ひさしが、つかこうへいが 亡くなって、そのひとたちの作品は 古典へと移行してゆく…。コクーンで、「広島に原爆を落とす日」を観た。つかこうへいが 手掛けるはずであった最期の作品となった。(演出は、RUPの岡村氏)稽古初日に亡くなったのだ。運営された方は いろいろ大変だったろうが、芝居は 素晴らしかった。つかさんが書きたかった 台詞の 裏側に入っていたとは思う、訴えるために用意された方の台詞が軸となり、ほんとの伝えたい方の台詞が、そのための要素に成っているのだが、それは古典の宿命!むしろ そんな誤解(?)にさらされながらも 不動である、台詞の美しさが際立ってきて、戯曲骨のしなやかさが、出演者を包んでいるさまが心地よかった。なにより 恐ろしい程の疾走感 スピードが、小劇場と呼ばれるひとたちが失ったもののように、我々を責めたような…。 あるいみ痛快であった!本来 古典とスピード感は 相容れないと思われるが、もしも唐十郎の 特権的肉体論が有効であるのなら、その真意は 駆け抜ける疾走感にこそある ということだろう。ここまできて思う。特権的肉体論 とは 価値のあるものを 引き立てるための 無価値の潔い捨て方 であると。その イサギヨサこそが アングラと呼ばれ、小劇場と見下された その言葉 ムーブの本質だろう。とはいえ、コクーンでの今日の芝居は、特権的肉体論が 否定してきた要素を多分に含んでいた。が、言葉の美しさは、それを超えて伝わってきた。スピード感は、次回の鳥ちゃん劇場では大きい要素になる予定…私が演りたいことの 一部を 今日の芝居は共有している気がして、とんでもないところに仲間を見つけたような気がして…なにやら ワクワクしてくるのでした。主演の山口さやかさん やはりカッコいい
かつて共演したつか事務所の武田さん 大活躍でした。

かつて共演したつか事務所の武田さん 大活躍でした。















