投稿写真




子どもの頃に見た映画で、大人になって印象が変わるというか製作者の意図を真に理解したくなるという意味で、「地獄の黙示録」は最大の問題作といっていいだろう。きのう久しぶりに長尺版でみました。オリジナル版とでは翻訳が違うのではというところがありました。元々「地獄の黙示録」という邦題もいろいろな意見がありましたからね。


1980年の公開当時、わたしは「ゴッドファーザー」シリーズで、すっかりフランシス・フォード・コッポラ監督に魅了された後の作品だったのですが、「地獄の黙示録」は難解であり、静寂と恐怖のイメージしかなかったのです。裏を返せば、製作者の意図そのままにスポイルされちゃったともいえる。オープニングは、ドアーズの「The End」です。そしてあの有名なシーンでワーグナー「ワルキューレの騎行」がくる。すごい衝撃だったことを覚えています。そして、静寂と恐怖、恐怖が続く。


この作品は、撮影当初の原作といわれる『闇の奥』と原題「Apocalypse Now」という言葉から、いろいろと思考してみると面白いのだろう。わたしの解釈するところでは「世界の覇権国家となったアメリカが、ベトナム戦争というヴェールの後に新しいアメリカはどこへ行くのか」というメッセージがあったのではないかと思います。「Apocalypse Now」は「現代の黙示録」ですが、「Apocalypse」のラテン語の意味を追いかけてみると「覆い隠されていたものをとる」という意味があるのです。


映画鑑賞も読書も、製作者(読書では著者)の意図を自分なりに考えながら、また原義を知ることを経て自分なりの思考をするという、大人の知的脳トレだと思います。






The End






Thanks