「選択」について思うところを記したい。

人間は誰しも認められたいと思うところがあるはずである。

その一方で、自分で何かを基準に他者を選択している。

ここに大きな矛盾があるのである。

認められたい心は良しとして、

そうであればまず自分が選択するのではなく、

選択されるべきではないだろうか。

選択される前に、自分で他者を選択してしまっていては

それは無理があろうというものである。

選択される続けることによってこそ、

はじめて自分が認められたいということが

実現するのである。




そんなことを思いながら、これから洗濯だ。

しかも手洗いだぜぇーーーワイルドだろう・・・




謝謝 多謝



晩安