昨日(9月28日)の日本経済新聞のマーケット欄のコラム『大機小機』は、なるほどと思うものであった。「言葉たたき」と政治家の責任、という見出しだ。
冒頭に、マックス・ウェーバーの名著『職業としての政治』より、政治家になるということは「悪魔」との関わりを持つことだという言葉を引用。悪魔は年を取っていて知恵があるからその手法を知り抜く必要があるとも。
過去、現在において政治家が発言した表現により辞任となることがある。不用意な発言と批判されるのであるが、その表現の中に事実もあるということだ。記事では、鉢呂吉雄前経済産業相の「死の町」などを取り上げ、いまだ多くの住民が自宅に戻れないという事実があるとしている。
政治家にとって一番重要なことは、その発言により何を伝え、何をすべきなのかであり、それを語らせないことは国民にとって不利益ではないかという問いかけだ。
「言葉たたき」が起きるのは、どうせその程度の政治家しかいないだろうという政治家不信の反映ともいえる面もあるため、たたく側だけを批判することはできない。しかし、本当に大事なことはしっかりとした議論を戦わせる場であるとの認識が必要だとしている。
国会などのニュースで見る政治家の発言で残念だなと思うことは多い。そうしたことも含め、国民も政治家の発言、そして政治家の本質的な責任に目を向ける習性を身につける必要もある。強い声、勢いある声に流されずに、しっかりとした論法であるのか冷静に耳を傾け、粘り強く知的な作業をたゆまず実施していく意思をもつこと。この点については政治家だけでなく、国民にとっても必要なことではないだろうか。そのように感じた。 了
冒頭に、マックス・ウェーバーの名著『職業としての政治』より、政治家になるということは「悪魔」との関わりを持つことだという言葉を引用。悪魔は年を取っていて知恵があるからその手法を知り抜く必要があるとも。
過去、現在において政治家が発言した表現により辞任となることがある。不用意な発言と批判されるのであるが、その表現の中に事実もあるということだ。記事では、鉢呂吉雄前経済産業相の「死の町」などを取り上げ、いまだ多くの住民が自宅に戻れないという事実があるとしている。
政治家にとって一番重要なことは、その発言により何を伝え、何をすべきなのかであり、それを語らせないことは国民にとって不利益ではないかという問いかけだ。
「言葉たたき」が起きるのは、どうせその程度の政治家しかいないだろうという政治家不信の反映ともいえる面もあるため、たたく側だけを批判することはできない。しかし、本当に大事なことはしっかりとした議論を戦わせる場であるとの認識が必要だとしている。
国会などのニュースで見る政治家の発言で残念だなと思うことは多い。そうしたことも含め、国民も政治家の発言、そして政治家の本質的な責任に目を向ける習性を身につける必要もある。強い声、勢いある声に流されずに、しっかりとした論法であるのか冷静に耳を傾け、粘り強く知的な作業をたゆまず実施していく意思をもつこと。この点については政治家だけでなく、国民にとっても必要なことではないだろうか。そのように感じた。 了