昨日の日本経済新聞のマーケット面『大機小機』で、おもしろい指摘があった。タイトルは「経済の基盤は事上磨錬」だ。メインの部分を引用してみよう。


 王陽明の「伝習録」に、人はすべからく事上(じじょう)に在って磨錬(まれん)すべし、という言葉がある。知行一致など実践哲学を唱えた王陽明は、真の理念とは決して日常の生活から乖離(かいり)したものではない、毎日の生活や仕事の中で自らを磨かねばならない、そうして初めて成果がある、と説いた。

 体験した成功・不成功から学ぶ。上司の背中を見て学ぶ。一部の政治家が、ある面で優秀であるのにしばしば脇の甘い行為を露呈してしまうのは、彼らがきっと事上磨錬不足だからなのだろう。

 暗黙知的ノウハウ、マニュアル本では会得できない技、けじめとしての規律を学んでいく。事上磨錬であり、人上磨錬である。言葉の本当の意味における教育だ。長期雇用の中で継続的に習得される、現場での修養である。


 論調としては、現在の日本において、雇用が大事であると説く。とくに現場力の維持・向上のための土壌として、長期雇用形態は必須である、それが日本経済再建の基盤の1つとして、欠かせない要である、という。


 経済政策の変化は、日本の高度経済成長の時代と、現在の長期低成長の時代で優先されるファクターは異なるだろう。しかし一般的には「経済成長」「国際収支バランス」「物価安定」でもある。


 そこで現在の経済政策は、どうかということになる。前述した3つの政策はどれも不安定であり、さらに悪化する懸念が膨らんでいる。これらの真因は何であろうか、またなぜこのような不安定さを露呈しているのであろうか。


 経済政策は、人によって実行されるものである。その人というのは政治であることは間違いのないところである。政治をやる人は、一般の人間よりも優秀であるのかもしれない。がしかし、である。思いつき、場当たり、もっとも危険なのは政治の指導者が、自らの個人理念を実行するために、破れかぶれの行動にでることではないだろうか。


 最後に、何度となくブログでも書いてきたが、マックス・ヴェーバーの有名な言葉をここに記したい。



政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。


マックス・ヴェーバー著『職業としての政治』105㌻より



 政治家の事上練磨(じじょうまれん)を、今こそ求めたい。



晩安



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