中国で尊敬される日本人たち
「井戸を掘った人」のことは忘れない
朱 建榮 (著) 中経出版 2010年
この本は、日中国交正常化(1972年)の裏に秘められた人間ドラマとしての、田中角栄首相、大平正芳外相(いずれも当時)のエピソードからはじまる。すでに周知の内容もあるが、日本の政治家としてではなく日本人として、中国でどのように伝えられたのか、ということが紹介されている。
本書に出てくる幾つかの日本人を、私自身すべてを知ってはいなかった。そして、日本と中国という国の枠ではなく、人間と人間の関係で取り上げている。なかなかおもしろい視点ではないだろうか、と感じられた。知っているつもり、わかったつもり、としていることを人間というファクターで再考できる。
巻末にあった中国で尊敬される日本人の共通項として著者が特徴を挙げている。私も、中国で生活したが、この意見には共感でき参考になると感じたので、ここに記したい。
第一、「自分は日本人だ」と必要以上に強調しない。むしろ過剰な自己意識を乗り越えて、「二つの祖国を持っている」もしくは「科学技術に国境はない」との気概を持ち、国家・民族の相違を超越する視野で物事に対応することで、かえって「この日本人の器が大きい」と脱帽される。
第二、ただ日本人の目から見て「いい」と思うことだけするのではなく、相手の文化、社会を理解した上で、相手にとって一番困っていること、必要とすることは何かを考えて、現地の声も聞いて、その要望に全力で応えること。このような日本人は「身内のような真の友人」と感謝される。
第三、あらかじめでも、後でも、相手に感謝されたいことを思わず、「なぜお礼を言わないのか」との愚問を出さず、とにかく「雪に炭を送る」(相手が本当に困っている時とそのことに手を差し伸べる)気持ちで尽力すること。それは結果的に、相手の心の奥から自発的に「ありがとう」という気持ちを引き出し、尊敬の念を持たせることになる。
第四、技術・知識・アイディアの面で現地にないものを見せる。それによって、勉強好き、勤勉、頼もしいといった日本人への評価が生まれ、それは結果的に日本社会全体への敬意にもつながっていく。
この4つは、中国ではもちろんのこと、日本、そして世界でも共通するものではないだろうか。
晩安


