ちゃーお!今朝の新聞に、変なおじさんの好きな言葉
が掲載されていました。
ちとおじさんチックやけど、紹介しちゃいましょう・・・。
20年近く前、よく読んだ本のひとつでもあります。
「人間というものは現実にぶつかって錬磨するという修行を経てはじめて、大きく前に進む」
王陽明(ようめい)
現場主義である。王陽明は静ではなく、動のなかに人間がいる、と考えた。その結果、知行合一(ちこうごういつ)という教えに至る。
「人は知と行を二つに分け、まず知るということがなければ、行うことはできないと考える。そして、当面は講習討論によって知を錬磨し、真に知り得た後に行いを錬磨しようする。ために死ぬまで何も行わず、また死ぬまで何も知らないでいる。これは重症である」
知行合一は、自己とその外界を正して良知(至善、性善)に至るとする、陽明の別の教え「格物致知(かくぶつちち)」と一体である。陽明学はかくも行動を説く。そして前回紹介したように、民の悲しみを自分の悲しみとし、自らを狂とする。この思想が日本に輸入され、共感者が現世に矛盾を感じたとき、歴史が動く。
「わが友大塩は陽明学を好むが、良知に名を借りて、中国の陽明学者のような無軌道な事はしないと信じている」
江戸期の史論家、頼山陽(らい・さんよう)のそんな期待は裏切られる。1837年、「救民」の旗を掲げ、大塩平八郎は商都・大坂で決起する。早稲田大学の祖、大隈重信によれば、大塩とともに、西郷隆盛もまた、陽明学という「噴火山の破裂」した一人だった。
ばいばいき~ん
